

監修医師:
高宮 新之介(医師)
目次 -INDEX-
気管損傷の概要
気管損傷とは、喉から肺へ空気を運ぶ管状の器官である気管に生じた裂傷や亀裂などを指します。外傷による衝撃、医療処置中のトラブル、化学物質の吸入など、さまざまな原因で起こる可能性があります。気管は生命維持に欠かせない呼吸の通り道のため、損傷があると呼吸困難や声の異常などの症状が出やすく、重症化すれば命に関わることがあります。発生頻度は高くありませんが、外傷事故のなかでも見逃すと危険な合併症(縦隔炎や気胸など)につながることがあるため、早めの診断と治療が大切です。
気管損傷の原因
気管損傷の主な原因は以下のとおりです。
外傷性の原因
交通事故や高所からの墜落、スポーツ中の衝突などによって首や胸部に強い力が加わると、気管が圧迫されて裂傷を生じることがあります。外傷全体のなかではまれな合併症ですが、衝撃の程度や角度によっては一瞬で損傷が起こり得ます。特にシートベルトを適切に着用していない場合や二輪車での走行中に転倒した場合などは、首や胸を強く打ち付けて気管を傷つけるリスクが高まります。
医原性の原因
手術時の気管挿管や気管切開といった医療処置が原因で起こる損傷です。緊急時に挿管を行う際、チューブを無理に通したり、カフ(チューブ先端付近の風船)を過度に膨らませることで気管壁に大きな圧がかかり、亀裂が生じる例があります。また、呼吸器や耳鼻咽喉科手術の途中に器具が当たることで気管壁を傷つけてしまうこともあります。技術の進歩と安全策により頻度は高くありませんが、救急現場や処置が難しい症例では注意が必要です。
化学的損傷の原因
有毒ガスや刺激性の強い煙を吸い込むことで気管の粘膜が炎症や熱傷を起こし、最悪の場合には潰瘍や穿孔を生じます。工場火災やプラスチック燃焼時の煙に含まれる有害物質は気管や肺に深刻なダメージを与える可能性があります。子どもの場合、誤飲したボタン電池の電気化学反応で食道や気管が同時に傷つく事例もあるため、日頃から誤飲事故に注意することが大切です。
感染症による原因
重度の感染症や術後感染が原因となり、気管が壊死や瘻孔(ろうこう)を起こすことで損傷に至る例は多くありません。ただし基礎疾患のある方や免疫が低下している方は注意が必要です。
気管損傷の前兆や初期症状について
気管損傷では、首(頸部)から胸部にかけての呼吸の通り道が傷つくため、以下のような症状がみられることがあります。
呼吸困難や息苦しさ
気管が部分的に裂けたり腫れたりすることで空気の通り道が狭くなり、息苦しさを感じます。外傷による重度の損傷では、急激に呼吸ができなくなるケースもあるため要注意です。
血の混じった痰(血痰)や咳
損傷部位から出血し、それが痰に混ざる場合があります。また粘膜の刺激で咳が出やすくなることもあります。咳によってさらに損傷が悪化する可能性があるため、症状が強い場合は医療機関で鎮咳薬などを処方してもらう場合があります。
声の異常(嗄声)
気管やその周辺の気道が傷つくと声がかすれる、出にくいといった症状が出ることがあります。声帯そのものが直接傷ついた場合と似た症状になるため、鑑別には専門的な診察が必要です。
皮下気腫や頸部の腫れ
気管の裂け目から空気が漏れ、皮膚の下に入り込むと首や胸が腫れて触るとプチプチした感触になることがあります。これを皮下気腫といい、外傷性気管損傷でよく見られるサインです。
胸の痛みや異常な呼吸音
損傷が胸側(胸骨裏側)に近い場合、痛みや呼吸時の雑音が出ることがあります。空気が胸腔内や縦隔内に漏れると、胸の圧迫感や呼吸苦が徐々に増すことがあります。
どの診療科目を受診すればよいか
呼吸困難や首の腫れなどが急に生じた場合は、迷わず救急外来を受診することがすすめられます。外傷による気管損傷を疑うときは救急車を呼ぶのがよいでしょう。症状が軽い場合でも、呼吸器外科や耳鼻咽喉科などで精密検査を受ける必要があります。特に呼吸器外科の専門医が在籍する医療機関が望ましいです。
気管損傷の検査・診断
身体診察
頸部の腫れや皮下気腫の有無、呼吸状態などを確認します。受傷機転(事故の状況など)から気管損傷が疑われる場合は、首を固定して呼吸を安定させる処置を優先します。
画像検査(X線・CT)
頸部や胸部のX線撮影で気管の変形や空気の漏れを探ります。さらにCTを撮ることで、断裂や出血の広がりなどをより詳細に確認します。皮下気腫の範囲や縦隔への空気漏れがあれば、気管損傷の可能性が高いと考えられます。
内視鏡検査(気管支鏡)
気管支鏡を用いて気管内部を直接観察し、裂け目の大きさや位置を特定します。検査中に血液や分泌物を除去しながら詳細を把握できるため、確定診断の要となります。場合によっては、同時にステント留置などの処置も行います。
その他の検査
必要に応じて血液ガス分析や超音波検査などを組み合わせ、全身状態や合併損傷の有無を評価します。特に外傷が複数箇所に及ぶ場合は、全身の精査が重要です。
気管損傷の治療
気道確保と呼吸管理
生命を維持するため、まず空気の通り道を確保します。酸素投与や気管挿管、必要な場合は気管切開によって呼吸が安定するように処置します。大きな損傷があるときは、気管支鏡で損傷部位を避けてチューブを挿入するなど、慎重な対応が求められます。
外科的修復(手術)
裂け目や亀裂が大きい場合や空気漏れが顕著な場合は、外科的に気管を縫合したり、傷んだ部分を切除して両端をつなぐ手術が行われます。頸部または胸部を切開して行い、合併症のリスクを減らすためにもできるだけ早期の手術が望ましいとされています。術後は感染症や再断裂を防ぐため、集中治療室で管理することがあります。
保存的治療
損傷が小規模で患者さんの全身状態が安定している場合、手術を行わずに安静や酸素投与、抗生物質の使用などで経過を観察することがあります。傷口を刺激しないよう、咳を抑える薬を使う場合もあります。治癒を確認するための定期的な内視鏡検査や画像検査が必要です。
ステント留置
手術が難しい場合や高齢者、重い基礎疾患がある場合などに、気管内へ専用のステント(筒状の器具)を挿入して裂け目を保護する方法があります。ステントで気管の形を維持しながら自然治癒を促し、気道を確保できる可能性があります。
術後管理・リハビリテーション
縫合後やステント留置後は、しばらく気管内を安定させるため気管チューブを留置した状態で管理する場合があります。感染予防のために抗生物質を投与し、呼吸状態や血液ガスをモニタリングします。退院後は発声や呼吸筋のリハビリテーションが必要になることがあります。
気管損傷になりやすい人・予防の方法
高リスクとなる方
- 交通事故など激しい外傷を受けやすい方(車やバイクの運転が多い、格闘技やラグビーなど接触が激しいスポーツを行う)
- すでに頸部や呼吸器系の手術歴があり、気管の組織が弱くなっている方
- 気管支挿管や全身麻酔を頻繁に受ける機会がある方
- 小児や高齢者(気管や周辺組織が繊細で損傷しやすい傾向がある)
予防のポイント
交通安全対策
シートベルトやヘルメット、プロテクターを正しく着用することで、首や胸への衝撃を減らすことができます。
日常の安全管理
誤飲事故を防ぐため、小さい物やボタン電池を子どもの手が届かない場所に置きます。危険物質を取り扱う職場では防護具を着用し、換気を徹底します。
医療従事者側の対策
困難気道が予想される患者さんには、事前に気管支鏡を活用した挿管方法を計画するなど、適切な対処法が用意されています。患者さん側も過去に挿管で問題があった場合は事前に申告することが望ましいです。
生活習慣
喫煙は気道粘膜を傷つけ、合併症を起こしやすくします。禁煙や受動喫煙の回避は、気管損傷の重症化リスクを減らす一助になります。普段から体調管理を意識し、感染症予防や適度な運動などで健康的な呼吸機能を維持することも大切です。
参考文献