監修医師:
五藤 良将(医師)
咽後膿瘍の概要
咽後膿瘍は、のどの奥にある「咽後(いんご)」という部分に炎症が起きて膿がたまった状態です。
咽後は、頭蓋底(頭蓋骨の底の部分)から横隔膜までつながる細長い形状をしています。
咽後膿瘍を発症すると急激に病状が悪化する危険性があるため、できるだけ早期の診断・治療が必要です。
咽後膿瘍は咽後にあるリンパ節の感染が原因となる場合が多く、咽後リンパ節が発達している5歳未満の乳幼児に多くみられる病気ですが、近年は抗菌薬の発達などにより減少傾向にあると報告されています。
乳幼児とは対照的に、中高年者の咽後膿瘍は増加傾向にあると言われています。
とくに糖尿病をはじめとする易感染状態(感染リスクが高い状態)では、咽後膿瘍を発症しやすいため注意が必要です。
咽後膿瘍の主な原因はウイルス感染や、口腔内・のどの炎症、外傷、異物、医療行為などが挙げられます。
また周辺の臓器の炎症や結核、化膿性頸椎炎なども咽後膿瘍の原因となり得ます。
咽後膿瘍の主な症状として、発熱や首の腫れ、首の可動域が狭まることなどが挙げられます。
症状を訴えることのできない乳幼児では、ヒューヒューまたはゼーゼーという喘鳴や不機嫌、いびきなどの症状がサインとして現れることがあります。
咽後膿瘍が悪化すると気道閉塞や敗血症、縦隔炎、縦隔膿瘍などの重篤な症状をきたす恐れがあります。
また糖尿病などを患っている方は感染リスクが高く、重症化するリスクが高いことが報告されています。
咽後膿瘍の治療法は、抗菌薬の投与や切開排膿などがあり、緊急性や治療期間中の変化を考慮して適切な治療方針を選択します。
咽後膿瘍の原因
咽後膿瘍の主な原因は、ウイルスや細菌などによる風邪です。
風邪が原因で化膿性リンパ節炎をきたし、咽後に炎症が広がることで咽後膿瘍を発症します。とくに乳幼児ではこれらが原因となり発症するケースが多いと言われています。
ほかにも周辺の臓器の炎症が咽後に広がったケースや結核、化膿性頸椎炎などの病気、魚の骨のような異物が原因となるケース、歯ブラシや箸などを口にいれたまま転倒した場合や内視鏡検査を受けたときの外傷が原因となり発症するケースなどがあります。これらの原因は中高年者に多くみられることが特徴です。
咽後膿瘍の原因となる菌は、溶連菌(A群溶血レンサ球菌)が最も多いという報告もあり、風邪が流行しやすい春や冬は発症リスクが高まると考えられます。
保育園や幼稚園など集団生活を余儀なくされる環境では、とくに感染症に注意が必要です。
咽後膿瘍の前兆や初期症状について
咽後膿瘍では、さまざまな症状がみられます。
膿瘍が溜まることによる原因不明の発熱や首の腫れ、首の可動域の狭まり、開口障害(口が開きにくくなる)、いびき、声のかすれ、神経症状などが挙げられます。
症状をうまく伝えられない乳幼児では、息を吸ったときの喘鳴(ヒューヒュー、ゼーゼーという異常な呼吸音)や不機嫌、無呼吸、哺乳低下(乳を飲まなくなる)、斜頸(常に首が左右どちらかに傾いている状態)などの症状が咽後膿瘍のサインであることもあります。
普段と違う様子がないか確認することが、乳幼児における咽後膿瘍の早期発見には重要です。
咽後膿瘍は急激に悪化することがあり、膿瘍による気道閉塞や縦隔に炎症をきたし、呼吸困難や胸の痛みなどが現れるケースもあります。
以上のような症状が現れた場合は、できる限り早めに耳鼻科を受診しましょう。
咽後膿瘍の検査・診断
咽後膿瘍の診断では、問診や画像検査(内視鏡検査、造影CT検査、MRI検査など)、血液検査などが行われます。
問診では、症状や糖尿病の既往歴を確認します。
呼吸困難があり気道狭窄が疑われる場合は、内視鏡検査を行い咽頭の状態の観察や咽後膿瘍の重症度を判定することがあります。
画像検査では膿瘍の有無を確認します。
造影CT検査は、膿瘍の範囲や周辺臓器へ広がっている状況、気道狭窄の状態を確認できるため、治療方針の決定に役立ちます。
とくに乳幼児の咽後膿瘍は川崎病と類似しており、造影CT検査が鑑別に優れています。
造影CT検査ができない場合には、重症度を考慮したうえでMRI検査が行われることもあります。
血液検査は咽後膿瘍を起こす炎症の程度を確認する目的で行われ、白血球数やC反応タンパク質(CRP)などの値を確認します。
咽後膿瘍の治療
咽後膿瘍の主な治療は、抗菌薬療法や切開排膿ですが、緊急度によっては気管切開などの手術が必要なケースもあります。
治療期間中の変化によって、複数の治療法を組み合わせることも検討されます。
抗菌薬療法
咽後膿瘍はできる限り早急な治療が必要であるため、膿瘍の原因と考えられる細菌に有効な抗菌薬を組み合わせて投与します。
抗菌薬には幅広い細菌に有効性があるペニシリン系などの薬剤が用いられ、ペニシリンが作用しない細菌にも有効性を示すために、β-ラクタマーゼ阻害剤を配合した薬剤の投与などを検討します。
排膿切開術
排膿切開術は、広範囲に病変が広がっていて気道狭窄のような緊急性がある場合や抗菌薬の効果が期待できない場合、抗菌薬の作用に抵抗性がある細菌の場合に治療が選択されます。
膿切開術では、通常、膿瘍が溜まっている咽後のスペースをすべて切開します。
膿瘍の広がっている範囲によっては、胸腔鏡や内視鏡を使用する場合もあります。
気管切開術
咽後膿瘍により気道狭窄をきたしており開口障害を伴っている場合は、気管切開をおこなうことがあります。
開口障害をともなった咽後膿瘍では口からの気道確保が難しく、気管切開が必要になるケースが多いです。
ただし気管切開術は咽後膿瘍の根本的な治療とはならないため、他の治療法と組み合わせる必要があります。
気管切開術をおこなうと発声障害や嚥下(飲み込む)障害などが現れる可能性があるため、一般的に緊急時に選択される治療法です。
咽後膿瘍になりやすい人・予防の方法
咽後膿瘍は咽後リンパ節が発達している5歳未満の乳幼児や、免疫力が低下している糖尿病患者などで発症しやすい病気です。
とくに乳幼児の場合は、風邪の発症が原因となることが多いです。
こまめな手洗いやうがい、ワクチン接種などの基本的な感染症対策は咽後膿瘍の予防に効果があります。
糖尿病患者は感染症にかかりやすいですが、血糖値をコントロールできていれば感染症にかかるリスクは下がります。
血糖値のコントロールには食事と運動が重要です。
規則正しい食生活や有酸素運動などに取り組み、定期健診を受けるようにしましょう。
また乳幼児の咽後膿瘍では、首の筋肉が硬くなり治療後に首の痛みや斜頸が後遺症として残ったケースが報告されています。
咽後膿瘍の症状がなくなった場合でも十分な経過観察を行い、違和感を感じた場合には医療機関を受診しましょう。
参考文献