監修医師:
武井 智昭(高座渋谷つばさクリニック)
平成14年慶應義塾大学医学部を卒業。同年4月より慶應義塾大学病院 にて小児科研修。平成16年に立川共済病院、平成17年平塚共済病院(小児科医長)で勤務のかたわら、平成22年北里大学北里研究所病原微生物分子疫学教室にて研究員を兼任。新生児医療・救急医療・障害者医療などの研鑽を積む。平成24年から横浜市内のクリニックの副院長として日々臨床にあたり、内科領域の診療・訪問診療を行う。平成29年2月より横浜市社会事業協会が開設する「なごみクリニック」の院長に就任。令和2年4月より「高座渋谷つばさクリニック」の院長に就任。
日本小児科学会専門医・指導医、日本小児感染症学会認定 インフェクションコントロールドクター(ICD)、臨床研修指導医(日本小児科学会)、抗菌化学療法認定医
医師+(いしぷらす)所属
メンケス病の概要
メンケス病は銅の代謝異常による先天性疾患で、銅輸送ATPaseのATP7A遺伝子の異常(変異)によって起こります。
銅は体のなかで多くの酵素を助ける役割があるため、欠乏することでさまざまな健康問題が生じます。
ATP7A遺伝子はX染色体上の遺伝子であることから、メンケス病は主にXY染色体の男児に発生します。
発症頻度は出生した男児100万人当たり約8人(約12万人に1人)であることがわかっています。
(出典:「難病情報センター メンケス病(指定難病169)」)
メンケス病の主な症状は、発達の遅延・退行、けいれんなどの中枢神経症状と結合組織の異常です。
生後2〜3ヶ月頃から発達の遅れやけいれんが現れ始め、徐々に重度の知的障害や運動機能障害が進行します。
特徴的な症状として、細く縮れた頭髪(kinky hair)が新生児期から見られることがあり、診断の手がかりになります。
また、頭蓋内出血や骨粗鬆症、膀胱憩室なども併発します。
これらの症状は進行性であり、感染症などをきっかけとして、幼児期までに致命的な状態に至ることが多いです。
メンケス病は、遺伝子検査によるATP7A遺伝子の変異や、培養検査による皮膚細胞の銅濃度の高値によって確定診断となります。
血液検査で銅やセルロプラスミン(銅を輸送するタンパク質)の低値、尿検査によってN-アセチルグルコサミニダーゼ(NAG)の上昇が認められることもあります。
根本的な治療法は確立されていませんが、神経症状が現れる前の新生児期にヒスチジン銅の皮下注射を週に2~4回投与することで、神経症状の軽減が期待できます。
しかし、皮下注射は結合組織の異常に対しては効果が現れず、新生児期以降に開始した場合も神経症状に対する効果は限定的です。
メンケス病の原因
メンケス病の原因はX染色体上に存在するATP7A遺伝子の変異です。
ATP7A遺伝子は腸内で銅を輸送する役割を担っていますが、変異が生じることで腸からの銅の吸収がさまたげられ、腸粘膜に銅が蓄積します。
結果として体内の銅が欠乏状態になり、中枢神経系や結合組織の発達に必要な酵素の機能が低下して、メンケス病の症状があらわれます。
メンケス病の前兆や初期症状について
メンケス病の初期症状は、新生児期に見られる「kinky hair」と呼ばれる特徴的な髪質です。頭髪が細く縮れ、色が薄い赤茶色で、毛量が少ない状態を示します。
メンケス病の重要な診断指標となるため、早期に気づかれることが多いです。
生後2〜3ヶ月頃になると、発達の遅れやけいれんなどの神経症状が現れ始めます。
全身の筋力低下や皮膚・関節の過伸展、膀胱憩室(ぼうこうけいしつ)、骨粗鬆症、骨折、下痢、低体温なども見られます。
これらの症状や知的障害、発達障害は年齢とともに進行していきます。
メンケス病の患者は肺炎や尿路感染を繰り返す傾向があり、これらの合併症が重篤化することがあります。
特に感染症や呼吸障害、膀胱憩室の破裂によって幼児期に命を落とすケースも多く、早期発見と適切な治療が求められます。
メンケス病は進行性の疾患であるため、初期症状に気づいたときには速やかに医療機関に受診することが重要です。
メンケス病の検査・診断
メンケス病の診断は、血液を使用した遺伝子検査や、採取した皮膚に対する培養検査によっておこないます。
銅濃度の高値もしくはATP7A遺伝子の変異が認められた場合は、メンケス病の確定診断になります。
その他、血液検査や尿検査、画像検査などによって臨床症状を調べます。
血液検査
血液検査では銅やセルロプラスミン、乳酸、ピルビン酸などの値について確認します。
メンケス病では、基準値より銅やセルロプラスミンの値が低下し、乳酸やピルビン酸の値が上昇する特徴があります。
尿検査
尿検査では、N-アセチルグルコサミニダーゼ(NAG)の測定がおこなわれます。
NAGは腎臓の近位尿細管(尿の排出機能などを担う器官)に多く存在する酵素であり、尿中のNAG活性が増加することで、尿の排泄機能の障害が示唆されます。
画像検査
画像検査では、MRA検査(磁気共鳴血管造影)と、MRI検査(磁気共鳴画像法)が使用されます。
脳のMRA検査とMRI検査により、脳血管の蛇行や脳萎縮、硬膜下血腫の有無を確認します。
また、CT検査を使用して骨粗鬆症や膀胱憩室の有無も調べます。
メンケス病の治療
メンケス病には根本的な治療法がなく、主に新生児期におこなう対処療法が中心になります。
代表的な治療法として、ヒスチジン銅の皮下注射があります。神経症状が発症する前の新生児期にヒスチジン銅の皮下注射を週に2~4回投与することで、神経症状の予防や軽減が期待できます。
しかし、神経症状が発症した後にこの治療を開始しても効果はありません。
また、ヒスチジン銅の皮下注射は、結合組織の異常による出血、呼吸障害、膀胱憩室などの症状には効果がないため、これらの合併症には別の対処法が必要です。
現在、メンケス病に対するより効果的な治療法の開発に向けて、さまざまな薬剤の研究が進められています。
メンケス病になりやすい人・予防の方法
メンケス病は遺伝性疾患であり、遺伝的要因により発症リスクが高まることがあります。
主に母親が保因者の場合、生まれてきた男児に50%の確率で発症することがわかっています。
保因者の母親は、自身は症状を示さないものの、遺伝子異常を保有しています。
しかし、母親が保因者でない場合でも、突然変異によってメンケス病が発症することがあるため、家族歴がない場合でも発症の可能性は排除できません。
メンケス病を完全に予防する方法は現在のところ存在しません。
しかし、早期発見と適切な治療が重要です。
特に、新生児期に特徴的なkinky hairが見られた場合や、発達の遅れが疑われる場合は、速やかに専門医の診察を受けることが推奨されます。
メンケス病は早期に診断され、適切な治療が開始されれば、神経症状の進行を遅らせたり、軽減できたりする可能性があります。
また、メンケス病患者は感染症に対して脆弱であるため、感染予防にも十分な注意を払う必要があります。