監修医師:
前田 佳宏(医師)
薬物依存の概要
薬物依存とは、覚せい剤や大麻、危険ドラッグなど依存性のある薬物を使い続けるうちに、薬物がもたらす快感や高揚感を求める欲求を抑えられなくなる状態のことを指します。薬物依存は精神疾患とされ、自分の意思では薬物の使用をコントロールできなくなります。薬物の影響で脳が慢性的な異常を示し、薬物による刺激がないと身体的・精神的な症状が見られるのが特徴です。
依存をもたらす薬物には上述の覚せい剤、大麻、麻薬、向精神薬、危険ドラッグといったもののほかに、シンナーや睡眠薬、あるいはアルコールやたばこも含めて広義の薬物依存と捉えることもあります。その依存の症状としては、身体的依存と精神的依存に分けられます。
身体的依存とは、離脱症状と呼ばれる身体的な異常が生じる状態のことです。アルコール依存症をイメージしてもらえると理解しやすいと思いますが、依存症の患者さんから薬物が抜けてくると、手の震えや幻覚、意識障害などの「振戦せん妄」と呼ばれる症状を示すことがあります。この状態が身体的依存です。
精神的依存とは、薬物を求める欲求が強くなりすぎるあまり、自分の意思で制御できなくなる状態を指します。ニコチン依存の人がたばこを吸えないことでイライラしてしまう状態がこの精神的依存です。
薬物には、身体的依存と精神的依存の両方を引き起こすものと、精神的依存のみを引き起こすものの2種類があります。一例を挙げると、アルコールは身体と精神の両面に影響を及ぼしますが、覚せい剤やニコチンは強い精神的依存が生じるものの、身体的依存は見られません。よって、薬物依存の治療にあたっては精神的依存への対処が中心となります。
薬物依存の原因
人間の脳は、欲求が満たされた時に、脳内の神経ネットワークにドーパミンと呼ばれる神経伝達物質が放出され、それによって元気が出たり、モチベーションが上がったりします。このネットワークのことを「報酬系」と呼びますが、依存性のある薬物はこの報酬系を直接的に刺激する作用があります。
通常であれば、成果を挙げて報酬系を刺激し、快感を得るために人は努力すると言えますが、薬物はその過程を飛び越えてこの快感中枢を刺激してしまうため、一度、薬物による快感を得た人は再度その体験を求め、薬物の使用を重ねるようになります。
さらに、薬物を使い続けることにより、報酬系の回路がより薬物に適したものとなってしまい、薬物以外の刺激や楽しみに対する反応が低くなっていきます。結果として、一層の薬物への依存が進み、悪循環が進むこととなります。
薬物依存の前兆や初期症状について
薬物依存の初期症状に挙げられるのが、耐性です。薬物を使用しているうちに当初の使用量では効き目が出なくなり、より多くの量を用いるようになっていきます。覚せい剤など、多くの薬物では耐性の形成が早く、気付いた時にはコントロールが効かず、依存症を引き起こすほどの量まで達していることが多いです。
また、薬物を使用しているうちに精神的依存の影響が出て、周囲に対して感情的に振る舞うような態度が見られるようになります。さらに、生活の中心が薬物になっていくことで、金銭面や社会面でのトラブルが見られるようにもなります。精神的、身体的不調、周囲とのトラブルが現れるようになったら、できるだけ早く専門機関での治療を受けることをおすすめします。
適切な診療科は精神科です。また、薬物依存症外来や薬物依存症センターといった機関もありますので、薬物をやめたいと思っている方はいずれかの場所にて相談してみてください。
薬物依存の検査・診断
薬物依存の診断にあたっては、WHOが定めた「ICD-10による依存症候群の診断ガイドライン」と呼ばれる国際的な診断基準があります。この診断基準と照らし合わせて、過去1年間に薬物を強く求めるような行動が見られたかや、薬物による問題が起きているにもかかわらず、使用をやめられないかどうかなど、依存症でよくみられる特徴に基づいて評価されます。
具体的には、下記の項目のうち、3つ以上の特徴に当てはまる場合は依存症と診断されます。
- 物質を摂取したいという強い欲望あるいは強迫感。
- 物質使用の開始、終了、あるいは使用量に関して、その物質摂取行動を統制することが困難。
- 物質使用を中止もしくは減量した時の生理学的離脱状態。その物質に特徴的な離脱症候群の出現や、離脱症状を軽減するか避ける意図で同じ物質(もしくは近縁の物質)を使用することが証拠となる。
- はじめはより少量で得られたその精神作用物質の効果を得るために、使用量を増やさなければならないような耐性の証拠(この顕著な例は、アルコールとアヘンの依存者に認められる。彼らは、耐性のない使用者には耐えられないか、あるいは致死的な量を毎日摂取することがある)
- 精神作用物質使用のために、それに代わる楽しみや興味を次第に無視するようになり、その物質を摂取せざるを得ない時間や、その効果からの回復に要する時間が延長する。
- 明らかに有害な結果が起きているにもかかわらず、依然として物質を使用する。例えば、過度の飲酒による肝臓障害、ある期間物質を大量使用した結果としての抑うつ気分状態、薬物に関連した認知機能の障害などの害。使用者がその害の性質と大きさに実際に気付いていることを(予測にしろ)確定するよう努力しなければならない。
ほか、アメリカ精神医学会の基準であるDSM-5や、カナダの心理学者であるH.A.Skinnerらが開発した自己診断用の尺度であるDAST-20といった指標が用いられます。これらの項目は診断の確定に有効ですが、自己の判断のみで終えることはせず、疑いのある場合は必ず専門機関へ相談してください。
薬物依存の治療
現在において、薬物依存を治療する特効薬のようなものはありません。
長期にわたる薬物の使用によって影響を受けた神経細胞が元に戻ることはないと言われています。
再び薬物依存の状態に戻ることを防ぐためには、薬物を完全に断ち、生涯にわたって欲求を我慢しながら自分自身をコントロールすることが望まれます。。
薬物をやめた後も、ストレスなどをきっかけに妄想や幻覚といったフラッシュバックと言われる症状が出ることがあり、また、たとえ薬物を長期間やめていたとしても、少量でも摂取してしまうとまた元の依存症の状態に戻ってしまいます。
依存症は意志の力でどうにかなるものではなく、一人で欲求をコントロールし続けることは現実的ではありません。
そのため、治療においては認知行動療法などの専門的プログラムを受け、また、同じ依存症を持つ人たち同士での自助会へ参加し、お互いの悩みを共有しながら連帯して薬物への依存を絶っていくことが求められます。
なお、薬物の影響は脳だけではなく、心不全や肝臓、腎臓、肺、生殖機能への障害も招く恐れがあり、これらの症状が見られる場合は併せて治療が行われます。
薬物依存になりやすい人・予防の方法
薬物はその構造上、依存性が極めて強く、どんな人でも使用してしまうと依存症となる可能性が高いです。
予防としては一にも二にも「薬物を使わない」ことに尽きます。
自分だけは大丈夫、一度くらいなら大丈夫、などと思わずに、危険な薬物には決して手を出さないようにしましょう。
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