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井林雄太

監修医師
井林雄太(田川市立病院)

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大分大学医学部卒業後、救急含む総合病院を中心に初期研修を終了。内分泌代謝/糖尿病の臨床に加え栄養学/アンチエイジング学が専門。大手医学出版社の医師向け専門書執筆の傍ら、医師ライターとして多数の記事作成・監修を行っている。ホルモンや血糖関連だけでなく予防医学の一環として、ワクチンの最新情報、東洋医学(漢方)、健康食品、美容領域に関しても企業と連携し情報発信を行い、正しい医療知識の普及・啓蒙に努めている。診療科目は総合内科、内分泌代謝内科、糖尿病内科、皮膚科、耳鼻咽喉科、精神科、整形外科、形成外科。日本内科学会認定医、日本内分泌学会専門医、日本糖尿病学会専門医。

歌舞伎症候群の概要

歌舞伎症候群は先天性の遺伝性疾患で、切れ長の目と下瞼の外側が裏返って外にめくれるという顔貌の特徴から名付けられました。この顔貌が歌舞伎の化粧にある隈取と似た特徴であることから、別名、歌舞伎メーキャップ症候群とも言われ、1981年に日本人医師らによって世界で初めて報告されました。報告者の名前から、Niikawa-Kuroki症候群とも呼ばれます。歌舞伎症候群は国内外でおよそ400例の報告があり、推定罹病率は1/32,000ほどとされています。発症の性差はなく、男女比はほぼ1:1といわれています。歌舞伎症候群のほとんどは散発的に起こり、家族間で同じ病気を発症するケースはきわめて少ないとされています。

歌舞伎症候群の原因

歌舞伎症候群は特定の遺伝子の変異によって発生すると考えられており、現在、2つの原因遺伝子がわかっています。1つめの遺伝子として、歌舞伎症候群と診断された患者さんの約70%にKMT2D遺伝子の変異が認められています。もう1つはKDM6A遺伝子の変異で、こちらは約5%の患者さんにおいて変異が見られています。

この2つの遺伝子はともにさまざまな遺伝子の発現に関わっています。具体的には、KMT2D遺伝子やKDM6A遺伝子に変異が起こると、遺伝子の発現や制御に関わる物質であるヒストンのメチル化および脱メチル化に影響が出ます。メチル化・脱メチル化とは遺伝子の発現のオン・オフスイッチのようなもので、ここに異常が起こると遺伝子の働きにエラーが生じ、結果として外見の異常や発達の遅れなど、さまざまな症状が現れると考えられています。このほか、上記の遺伝子に変異が見られないにも関わらず、歌舞伎症候群と診断される人も10%〜15%ほど存在し、これといった原因が不明の場合もあります。

歌舞伎症候群の前兆や初期症状について

先天性の疾患につき、何らかの前兆の後に発症するということはなく、兆候をつかむことは困難であると言えます。歌舞伎症候群に見られる症状として、次のようなものが知られています。まず、名称の由来にもなった特徴的な顔貌があります。下まぶたの外側1/3ほどが外側にめくれている、目尻が切れ長であるという症状は歌舞伎症候群のほぼ全ての患者さんに見られます。その他の顔貌的特徴には、外側半分がまばらな弓状の形をした眉、先端が平らになった形状の鼻、短い鼻中隔、大きな耳などが挙げられます。

次に、骨格系の異常も高頻度で見られます。指が短い、背骨の側弯、肋骨の異常、関節の弛緩による膝や肩、股関節の脱臼などがあります。ほか、軽度~中等度の精神発達の遅れ、身体成長の障害(低身長)、指先の盛り上がり、摂食障害、滲出性中耳炎、先天性心疾患、けいれん、口唇裂・口蓋裂などの合併症の存在が報告されています。これらの症状は全ての患者さんに見られるわけではなく、現れる症状の種類や程度には個人差があります。お子さんに気になる症状がある場合は、まずは小児科で相談することをおすすめします。必要に応じて遺伝科(遺伝診療科)の受診を検討してください。そのほか、種々の合併症に対応した診療科を受診する場合があります。

歌舞伎症候群の検査・診断

歌舞伎症候群の診断にあたっては、これまでの項目でも触れた外見上の特徴や各種の合併症をもとに判断されます。並びに、乳児期に筋肉の張りが弱い(筋緊張の低下)、発達の遅れや知的障害の有無、さらに診断の確定の際は遺伝子検査によってKMT2DまたはKDM6A遺伝子の変異を確かめます。前述の通り、遺伝子変異のない患者さんも存在するため、遺伝子検査のみで診断を確定させることができない場合もあり、臨床診断が併せて重要となります。これまでに挙げた臨床的特徴以外に、診断の参考となる歌舞伎症候群の症状として現れるものを以下に紹介します。

  • 眼瞼下垂や斜視などの眼科的異常
  • 耳瘻孔
  • 歯と歯の間のすき間(歯間空隙)や先天的な歯の欠如といった歯科的異常
  • 直腸及び肛門の形成異常を含む消化管の異常
  • 男児において精巣(睾丸)が体内に留まっている(停留精巣)状態を含む、腎尿路系や生殖器の異常
  • 女児における早期乳房発育症を含む内分泌学的異常
  • 自己免疫疾患や抵抗力の低下(易感染性)

歌舞伎症候群の診断において考慮すべきほかの疾患

歌舞伎症候群と似た症状が見られる病気についても、参考までにご紹介しておきます。

チャージ症候群
遺伝性の疾患で国の指定難病です。歌舞伎症候群と重なる症状に、口蓋裂や先天性の心疾患、成長障害などがあります。
22q11.2欠失症候群
22番染色体のごく小さな欠損が原因で生じる先天性疾患で、こちらも指定難病です。口蓋裂、先天性心疾患、尿路異常といった症状が歌舞伎症候群と似ています。
IRF6関連疾患
IRF6遺伝子の突然変異によってもたらされる疾患です。口唇裂・口蓋裂の症状が見られる点が歌舞伎症候群と似ています。
鰓耳腎症候群(BOR症候群)
耳瘻孔や難聴、腎臓の奇形が歌舞伎症候群と共通する臨床的特徴であり、国の指定難病の一つです。
エーラス・ダンロス症候群、ラーセン症候群
これらの疾患は関節のゆるさや脱臼が見られる点で歌舞伎症候群と共通します。
ハーディカー症候群
希少疾患であり、症状の一つに口唇裂・口蓋裂があります。
X染色体の異常、並びにその他の染色体異常症
歌舞伎症候群と似た顔貌が現れる場合があります。これらの疾患と区別するために、合併症や遺伝子検査を基に総合的な診断が行われます。

歌舞伎症候群の治療

現在において、歌舞伎症候群そのものを治療する手段はありません。そのため、治療にあたっては各種症状に応じた対症療法が取られることになります。発達の遅れに対しては療育面での支援が検討され、成長障害(低身長)にはホルモン補充療法、心疾患には薬物や手術での治療が行われます。このほか、将来的に起こり得る合併症の予防のため、各種のリハビリや感染症予防といった健康管理が重要となります。どの合併症が出るか、また症状の程度はどのくらいか、といった点は個人差がありますので、治療やケアの際はその時の身体の状態を含め、医療機関と相談して治療方針を決めることになります。

歌舞伎症候群になりやすい人・予防の方法

歌舞伎症候群は先天性の疾患のため、これといった予防法はありません。
発症に特定の遺伝子の変異が関わっていることは既に述べた通りですが、一方で該当遺伝子の変異がない患者も一定数存在します。<また、家族間で同じ歌舞伎症候群が発症する例は極めてまれであることから、なりやすい人をあらかじめ特定することも難しいでしょう。このため、治療の項目でも述べたように、発症後の合併症に対する治療が患者さんの予後に深く関わってきます。
特に難治性のてんかん、重い心疾患などが生命の予後に関わることから、適切な診断と治療が求められる疾患です。


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