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クラッシュ症候群

大坂 貴史

監修医師
大坂 貴史(医師)

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京都府立医科大学卒業。京都府立医科大学大学院医学研究科修了。現在は綾部市立病院 内分泌・糖尿病内科部長、京都府立医科大学大学院医学研究科 内分泌・糖尿病・代謝内科学講座 客員講師を務める。医学博士。日本内科学会総合内科専門医、日本糖尿病学会糖尿病専門医。

クラッシュ症候群の概要

クラッシュ症候群(クラッシュ・シンドローム、圧挫症候群)とは、建物や車両などの重量物に長時間挟まれた傷病者が、救助した数時間後に腎不全やショックを生じて死亡する病態です。
1955年の阪神淡路大震災の際、370名以上の患者が報告され、一般的にも”クラッシュ・シンドローム”という言葉が浸透するようになりました(参考文献 1)。救助された後、安心したにも関わらず病状が急変し、最悪の場合死亡することもあることから、”Smiling Death(笑顔の死)”と呼ばれることもあります。

クラッシュ症候群の原因

クラッシュ症候群は主に2つの機序が組み合わさることで発症します。

①筋肉の虚血

建物などに筋肉が圧迫されると血流が遮断され、圧迫された先の細胞に血液が行き渡らず、細胞が壊れていく状態(虚血)となります。細胞に血液が流れなくなると筋肉の細胞の膜が傷害され、細胞内にナトリウムと水が移動し、細胞内のカリウム、ミオグロビン、クレアチンキナーゼなどの内容物が細胞外に流出します。血管から細胞に水が移動すると体をめぐる血液量が少なくなり、ショック状態を引き起こします。
また、過剰に水が細胞内に取り込まれた結果、組織が極度に腫れ、コンパートメント症候群という病態を引き起こします。コンパートメント症候群になると筋肉の圧力が非常に高くなり、筋肉の壊死や神経障害が生じます(参考文献 1、2)。

②再灌流障害

虚血によって細胞内から細胞外に流出したカリウムやミオグロビンは、圧迫された状態では局所にとどまったままですが、圧迫が解除されると血流に乗って全身にめぐります。これにより、血液のカリウム量が増加して高カリウム血症となり、心臓のリズムを狂わせて心停止を引き起こします。
また、ミオグロビンは腎臓への毒性があり、血液量の減少と組み合わさって急性腎障害を引き起こします。さらに、急性腎障害はカリウムの排泄が悪くなるため高カリウム血症が悪化し、さらに心停止のリスクが高くなります。
その他、多臓器不全や播種性血管内凝固症候群(DIC)といった命に関わる合併症を誘発するリスクがあります(参考文献 1、2)。

クラッシュ症候群の前兆や初期症状について

クラッシュ症候群を発症するための3つの特徴として、

  • ① 太ももなど、ある程度ボリュームのある筋肉の圧迫障害
  • ② 通常4~6時間におよぶ長時間の圧迫
  • ③ 圧迫された部位での循環障害

があげられます(参考文献 1)。
ただし、挟まれてから1時間以内に発症することもあり、救助後は挟まれた時間にかかわらず、すぐに医療機関を受診、または救急隊につなぐようにしてください。また、障害されている筋肉量が多いほど腎障害や致死的不整脈の原因となるミオグロビン尿やカリウムが多くなりやすいため、腕より太ももの圧迫や、圧迫されている四肢が多いほど危険性がより高くなります(参考文献 1、2)。
症状について、圧迫されていた部位の麻痺が見られるものの、救出前は状態が比較的安定しており、ある程度の受け答えができる場合も多いです。また、けがの程度が軽く見えることもあり、そこまで危険な状態じゃないと過小評価してしまう危険があります。
しかし、救出後、20分以内に急激に症状が悪化し、急性腎障害・心停止を生じて短時間で死亡する可能性があります(参考文献2)。

クラッシュ症候群の検査・診断

クラッシュ症候群の診断の三大ポイントは、

  • ①重量物に長時間挟まれたエピソード
  • ②挟まれた側の運動知覚麻痺
  • ③黒~赤褐色尿(ポートワイン尿)

です。
前述したように、挟まれた時間にかかわらず発症する可能性はあり、また初期は軽症にみえるため、重量物に挟まれた可能性があればすぐに医療機関につなぎましょう(参考文献 2)。
血液検査では、筋肉の細胞が破壊されることで、クレアチンキナーゼ(CK)、ミオグロビン、カリウム、カルシウム、リンといった項目が高値となることが多いです(参考文献 1)。

クラッシュ症候群の治療

治療では、現場での救出前後の初期対応と病院での集中治療に分かれます。

①現場での治療

現場では迅速な救助活動とともに、レスキュー隊と連携を取りながら救助活動中から治療が必要となります。傷病者は血液量が減ることによるショックと急性腎障害の予防・改善のため、1時間あたり1,500 mLという大量の輸液を行います(参考文献 1、2)。
並行して、救出活動も行われます。地震関連の死亡では24時間以上の閉じ込めは死亡率と大きく相関しているとされ、素早い救助が求められます。
その一方で、崩壊した建物などでの救助は救助者が巻き込まれるリスクも高く、レスキュー隊との十分な連携が必要です(参考文献 3)。

②救出後の治療

救出後、尿が出ていれば輸液を継続して行います。その他、高カリウム血症による不整脈の予防の治療や、心室細動による心停止が生じた場合には心肺蘇生や除細動を実施します(参考文献 1)。

③病院での治療

クラッシュ症候群は集中治療によるモニタリングが必要となる場合が多いです。
透析や人工呼吸器を使用する場合も多く、資源確保が困難となりうる被災地から被災地外へ搬送して治療を行うこともあります(参考文献 1、2)

クラッシュ症候群になりやすい人・予防の方法

クラッシュ症候群の予防の第一は、閉じ込められる状況を避けることです。室内ではテーブルの下に隠れる、室外では倒壊の危険がある塀や自動販売機、崖などから離れるなどの対策を行いましょう(参考文献 4)。
また、下敷きになっている人を発見した場合も、むやみに助けようとせず、応援を呼ぶようにしましょう。救助する際は安全に十分に注意し、救助後たとえ症状が軽く見えても、速やかに医師に診察してもらうようにしてください(参考文献 5)。


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