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ゲームキーパー母指
林 良典

監修医師
林 良典(医師)

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名古屋市立大学卒業。東京医療センター総合内科、西伊豆健育会病院内科、東京高輪病院感染症内科、順天堂大学総合診療科を経て現職。診療科目は総合診療科、老年科、感染症、緩和医療、消化器内科、呼吸器内科、皮膚科、整形外科、眼科、循環器内科、脳神経内科、精神科、膠原病内科。医学博士。公認心理師。日本専門医機構総合診療特任指導医、日本老年医学会老年科専門医、禁煙サポーター。

ゲームキーパー母指の概要

ゲームキーパー母指とは、親指の靭帯が損傷し、不安定になる疾患です。この名称は、かつて猟師(ゲームキーパー)が獲物を仕留める際に親指を酷使し、靭帯損傷を繰り返し受けていたことに由来しています。現在では、スポーツや転倒などの外傷が原因となることが多く、特にスキーの転倒時にストックを握ったまま手をつくことで発生するスキーヤーズサムとしても知られています。

この疾患では、親指の基部にある尺側側副靭帯が損傷することで、親指が外側へ開いてしまうようになり、握力が低下し、痛みを伴うことが特徴です。軽度の損傷であれば保存療法で回復することもありますが、靭帯が完全に断裂した場合には、手術による治療が必要となることがあります。

ここでは、ゲームキーパー母指の原因や症状、診断方法、治療、予防を詳しく解説します。

ゲームキーパー母指の原因

ゲームキーパー母指の主な原因は、親指に繰り返し負荷がかかることや、強い外力による靭帯の損傷です。親指の尺側側副靭帯に過度な負担がかかることで、損傷が徐々に進行することもあれば、一度の外傷で急激に損傷が生じることもあります。

慢性的な損傷の原因として、バスケットボールやテニスなどのスポーツや、長時間の手作業が挙げられます。農作業や調理、楽器演奏など、日常的に親指を酷使する動作が多いと、靭帯に少しずつ負担がかかり、損傷が進行していくことがあります。

一方で、転倒や交通事故などの強い外力によっても、親指の靭帯が断裂することがあります。靭帯が完全に断裂すると、適切な治療を受けなければ関節が不安定な状態となり、握力が低下してしまうため注意が必要です。

ゲームキーパー母指の前兆や初期症状について

ゲームキーパー母指の初期症状として、親指の付け根に痛みや腫れが生じることが挙げられます。特に、親指を内側へ曲げたり、物をつかむ際に痛みが強くなり、力が入りにくくなることがあります。

日常生活では、ペンを握る、カップを持つ、袋を開けるなどの動作が困難になり、違和感を覚えるようになります。初期段階では軽い痛みや違和感だけのこともありますが、放置すると症状が悪化し、治療が難しくなることがあります。

症状が進行すると、関節のぐらつき握力の低下がみられ、親指を使った細かい作業が難しくなります。例えば、ボタンを留める、ファスナーを上げる、鍵を回す、ドアノブを回すなどの日常の動作で違和感や痛みを感じることが増えてきます。また、親指を外側に軽く引っ張ると関節がずれるような感覚があり、不安定性が増していきます。さらに悪化すると、強く握る動作が困難になり、スポーツや仕事などで支障をきたすことがあります。

このような症状がみられる場合には、早めに整形外科を受診しましょう。

ゲームキーパー母指の検査・診断

ゲームキーパー母指が疑われる場合、まず視診と触診によって親指の不安定性や痛みの部位を確認します。親指を外側へ軽く引っ張ると関節がぐらついたり、痛みが増したりする場合、靭帯の損傷が強く疑われます。また、日常生活で親指を使う動作に支障が出ていないか、細かい動きができるかどうかも診断の重要なポイントとなります。

より詳しい診断を行うために、X線検査が実施されます。X線では靭帯自体は映りませんが、関節のずれや裂離骨折(靭帯が引っ張られて骨の一部が剥がれる骨折)が確認されることがあります。特に靭帯が完全に断裂すると、関節のズレが大きくなるため、X線画像でも異常がわかりやすくなります。

さらに、超音波検査では靭帯の損傷の有無や程度を評価でき、部分断裂か完全断裂かを判断するのに役立ちます。また、MRI検査を行うことで靭帯の損傷の詳細を把握し、関節内の炎症の有無やほかの軟部組織の状態を詳しく調べることができます。MRIは特に手術が必要かどうかを判断する際に有用です。

ゲームキーパー母指の治療

ゲームキーパー母指の治療は、損傷の程度によって異なります。軽度であれば装具療法による固定で回復を目指しますが、靭帯が完全に断裂している場合は手術が必要です。

軽度の損傷では、親指を固定するスプリントやギプスを3〜6週間装着し、靭帯の回復を促します。スプリントは、親指の動きを制限しながら関節を安定させるための固定具で、軽量かつ装着しやすい設計になっています。ギプスと比べて取り外しが容易なため、日常生活での負担を軽減しつつ治療を進めることができます。固定中は親指を極力動かさず、炎症や痛みを抑えるために消炎鎮痛剤の服用や湿布、アイシングを行います。固定後は、関節の柔軟性や握力を回復させるリハビリが欠かせません。十分な機能を取り戻すためには、関節を動かす訓練や筋力強化が必要になります。

靭帯が完全に断裂している場合や関節が不安定な場合は、手術が必要になります。一般的には損傷した靭帯を縫合しますが、損傷が大きい場合や時間が経過している場合は、ほかの腱を移植する靭帯再建術が行われることもあります。術後はギプスや装具で一定期間固定し、その後リハビリを行いながら機能回復を目指します。関節の柔軟性を維持するストレッチや握力を強化するトレーニングを取り入れることで、回復を促進できます。通常、術後6〜12週間でスポーツや力仕事に復帰できますが、症状によっては半年ほどのリハビリが必要になることもあります。

治療が遅れると関節が不安定になり、握力の低下や親指の動作が困難になることがあります。放置すると日常生活や仕事に支障をきたす可能性があるため、症状に気付いたら早めに医療機関を受診し、専門的な判断のもとで適切な対応を受けることが重要です。

ゲームキーパー母指になりやすい人・予防の方法

ゲームキーパー母指は、スポーツをする方親指を酷使する職業の方に多くみられます。特にスキー、バスケットボール、テニス、柔道、ラグビーなどでは、転倒やボールの衝撃により親指に強い負荷がかかり、靭帯を損傷するリスクが高まります。また、料理人や楽器演奏者、農作業を行う方など、手を頻繁に使う職業では、長時間の使用による靭帯の疲労や微細な損傷が積み重なり、発症することがあります。

予防には、親指の保護と柔軟性の維持が重要です。 スキーではストックを強く握りすぎず、転倒時に手をつかないよう意識することが大切です。バスケットボールやテニスなどでは、テーピングやサポーターを使用することで、親指の動きを制限し、靭帯への負担を軽減できます。日常的に親指を使う職業の方も、作業時に休憩をはさむ、負担を分散させる工夫をするなど、靭帯への負担を抑えることが重要です。

また、親指の関節を柔軟に保ち、靭帯を強化するためのストレッチトレーニングも効果的です。例えば、親指を軽く引っ張りながら回すストレッチや、指を開閉するエクササイズを取り入れることで、靭帯の柔軟性や耐久性を向上させ、損傷のリスクを減らせます。

過去に靭帯を損傷した経験がある方は、関節が不安定になりやすく、再発のリスクが高いため、特に予防策を徹底することが大切です。スポーツ時にはテーピングやサポーターを活用し、日常生活でも無理な動作を避けるよう心がけましょう。適切なケアを続けることで、ゲームキーパー母指の発症を防ぎ、健康な手の機能を維持できます。


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参考文献

  • Chang AL, Merkow DB, Bookman JS, Glickel SZ. Thumb Metacarpophalangeal Joint Ulnar Collateral Ligament Injuries: Management and Biomechanical Evaluation. J Am Acad Orthop Surg. 2023 Jan 1;31(1):7-16.
  • Avery DM 3rd, Caggiano NM, Matullo KS. Ulnar collateral ligament injuries of the thumb: a comprehensive review. Orthop Clin North Am. 2015 Apr;46(2):281-92.

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