監修医師:
伊藤 規絵(医師)
球脊髄性筋萎縮症の概要
球脊髄性筋萎縮症(Spinal and bulbar muscular atrophy:SBMA)は、1987年に本邦で初めて記述された、成人発症の遺伝性神経変性疾患であり、X染色体連鎖性遺伝(X染色体上の遺伝子異常で、主に男性が発症する遺伝形式)の下位運動ニューロン疾患(脊髄前角細胞や脳幹の運動神経核が障害される疾患群)です。Kennedy diseaseとも呼ばれます。主に成人男性に発症し、通常30〜60歳で症状が現れ始めます。
SBMAの原因は、アンドロゲン受容体(Androgen receptor:AR)遺伝子のCAGリピート数の異常延長です。正常では36回以下のCAGリピートが、患者では38回以上に増加しています。この遺伝子変異により、異常なARタンパク質が産生され、男性ホルモン依存的に神経細胞内に蓄積することで神経変性(血管障害や炎症などの原因の明らかでない神経細胞脱落を起こす現象を病理学的に変性という)を引き起こします。
主な症状は、四肢の筋力低下と筋萎縮(特に近位部)や球麻痺症状(構音障害、嚥下障害)、顔面筋の筋力低下、筋線維束性収縮(筋肉が不随意に小刻みに収縮する現象で、神経の異常が関与)、手指の振戦(ふるえ)です。また、軽度のアンドロゲン不全症状(女性化乳房、睾丸萎縮など)や代謝異常(耐糖能異常、脂質異常症)を伴うことがあります。緩徐進行性の疾患で、発症から約10年で嚥下障害が顕著になり、約15年で車椅子生活となることが多いようです。最終的には、誤嚥性肺炎などの呼吸器感染症が主な死因となります。
診断は臨床症状、家族歴、遺伝子検査によって行われます。治療法としては、男性ホルモン分泌を抑制するリュープロレリン酢酸塩の投与や、HAL医療用下肢タイプを用いたリハビリテーションが行われています。SBMAの研究は現在も進行中であり、病態解明と新たな治療法の開発が期待されています。
球脊髄性筋萎縮症の原因
X連鎖劣性遺伝形式をとります。そのため、主に男性が発症し、女性は通常保因者となります。X染色体上に位置するAR遺伝子の異常です。ARの遺伝子配列内にあるCAGトリプレットリピートの異常延長が主因です。正常では9〜36回程度のCAGリピートが、SBMA患者さんでは38回以上に増加しています。このCAGリピート数の増加(CAGリピートの延長)は、グルタミンの連続配列をコードし、タンパク質の構造に影響を与えます。この異常蛋白質は、男性ホルモン(テストステロン)依存的に神経細胞内に蓄積し、下位運動ニューロンの変性を引き起こします。CAGリピート数が多いほど、発症年齢が若く、症状が重度になる傾向があります。この相関関係は、異常蛋白質の蓄積量と神経変性の程度に関連していると考えられています。
球脊髄性筋萎縮症の前兆や初期症状について
1.運動症状
手指のふるえ(振戦)
筋力低下の発症に先行して現れることがあります。
筋痙攣
特に下肢に多く見られ、筋力低下の前に出現することがあります。
筋線維束性収縮(fasciculation)
筋肉の表面がピクピクと動く現象で、特に四肢や舌で顕著です。
2.球症状(顔面や喉、舌の筋力低下や萎縮を特徴)
構音障害
言葉の発音が不明瞭になります。
軽度の嚥下障害
飲み込みにくさを感じることがあります。
3.その他の症状
四肢近位部の軽度筋力低下
特に階段の昇降や立ち上がりなどで気づかれます。
喉頭痙攣
短時間の呼吸困難を自覚することがあります。
軽度のアンドロゲン不全症状
女性化乳房や睾丸萎縮などが現れることがあります。
これらの症状は徐々に進行し、初期には日常生活への影響は軽微ですが、次第に顕著になっていきます。
球脊髄性筋萎縮症の病院探し
耳鼻咽喉科や脳神経内科(または神経内科)の診療科がある病院やクリニックを受診して頂きます。
球脊髄性筋萎縮症の検査・診断
臨床症状の評価、電気生理学的検査、および遺伝子検査を組み合わせて行われます。
問診
成人発症で緩徐に進行性であること、発症者が男性であり家族歴を有することを確認します。 しかし、受診されてすぐに家族歴を伺っても全てを正直に話してくれる患者さん・家族はごく少数です。中々言い出しにくいデリケートな分野であるので、次回に仕切り直すなど、時間をかけて聴取することが大切となります。
神経学的所見
以下の神経所見のうち2つ以上を示すことが重要です。
1.球症状
2.下位運動ニューロン徴候(筋萎縮や筋力低下、線維束性収縮を特徴とする)
3.手指振戦
4.四肢腱反射低下
また、アンドロゲン不全症(女性化乳房、睾丸萎縮、女性様皮膚変化など)の存在も診断の手がかりとなります。
電気生理学的検査
筋電図検査
筋電図検査(細い針を筋肉に刺入し、筋肉の電気的活動を記録)を行います。SBMAでは、高振幅電位などの神経原性変化が認められます。この検査により、筋肉の異常な動きの原因が神経によるものか筋肉によるものかを判別できます。
遺伝子検査
血液を用いて、AR遺伝子におけるCAGリピートの異常伸長を確認します。 この検査はSBMAの確定診断に不可欠です。
SBMAの確定診断
以下のいずれかを満たす場合に確定します。
1.上記の神経所見、臨床所見、検査所見を満たし、かつ鑑別診断が行われている場合
2.特徴的な神経所見と遺伝子検査でCAGリピートの異常伸長が確認された場合
重症度評価
診断後、障害の程度を評価するために広く用いられる尺度のmodified Rankin Scale(mRS)を用いて、患者さんの日常生活における自立度を測定し、4以上の場合、歩行も自力ではできない中等度重度の障害と判断されます。
球脊髄性筋萎縮症の治療
現在のところ根治療法は確立されておらず、症状の進行を遅らせることと生活の質を維持することを目的とした対症療法が中心となっています。
1)薬物療法
主な薬物療法として、リュープロレリン酢酸塩(商品名:リュープリン)が使用されています。これは男性ホルモンの働きを抑制する薬剤で、SBMAの原因となる異常なARタンパク質の蓄積を減少させる効果があります。しかし、男性ホルモンには骨格筋を強化する作用もあるため、リュープリンの使用は筋力低下を促進する可能性があるという問題があります。
2)リハビリテーション
運動療法は重要な治療法の一つです。最近の研究では、適切な運動が病気の進行を遅らせる可能性が示唆されています。特に、発症初期の段階で軽度の運動を継続的に行うことが効果的であると考えられています。具体的には、1日1時間程度の軽い運動を週5日、長期間継続することが推奨されています。
3)支持療法
症状に応じて以下のような支持療法が行われます。
- 嚥下障害に対する食事指導や嚥下訓練
- 構音障害に対する言語療法
- 筋力低下に対する補助具の使用
- 呼吸機能低下に対する呼吸リハビリテーション
4)新たな治療法の開発
現在、SBMAに対する新たな治療法の開発が進められています。例えば、異常タンパク質の分解を促進する薬剤や、遺伝子治療などの研究が行われています。また、脳神経内科医(神経内科医)、リハビリテーション専門医、言語聴覚士、理学療法士、作業療法士など、多職種による総合的なアプローチが重要です。患者さんの状態に応じて、これらの治療法を組み合わせて個別化された治療計画を立てることが求められます。
球脊髄性筋萎縮症の対処法
SBMAは厚生労働省の特定疾患(指定難病)に指定されており、治療費の助成を受けることができます。
球脊髄性筋萎縮症になりやすい人・予防の方法
SBMAは遺伝性疾患であるため、特定の人が「なりやすい」というよりも、遺伝的要因が発症の主な決定因子となります。発症リスクの高い人は、 男性(X連鎖劣性遺伝形式をとるため、主に男性が発症します)、家族歴(家族歴がある男性は発症リスクが高くなります)、CAGリピート数(AR遺伝子のCAGリピート数が38回以上の人)です。現在のところ、SBMAを完全に予防する方法は確立されていません。しかし、早期診断(家族歴がある場合、遺伝子検査を受けることで早期に診断可能)や適度な運動(発症前や初期段階での軽度の運動が効果的であり得る)、男性ホルモン抑制薬(リュープロレリン酢酸塩などの薬物療法)などの対策が症状の進行を遅らせる可能性があります。これらの対策は、発症を完全に防ぐものではありませんが、生活の質を維持するのに役立ちます。