監修医師:
井林雄太(田川市立病院)
尺骨神経麻痺の概要
尺骨神経麻痺とは尺骨神経が外傷や絞扼・圧迫などにより傷害される末梢神経損傷の疾患で、感覚障害や運動障害が生じます。
尺骨神経は肘の内側を通り、前腕の小指側から手首を通って、上腕から前腕、指先の筋肉に至るまで広く分布しています。尺骨神経は手関節の屈曲、小指と環指(薬指)の屈曲、母指(親指)を示指(人差し指)へつける内転、母指以外の4本の指を開く外転、閉じる内転運動を支配する神経です。また、小指と環指の小指側半分の感覚も支配しています。
尺骨神経麻痺を生じると指先の細かな動作に影響するため、ボタンがはめにくい、箸が使いにくいなど繊細な動作に障害を受け、小指や環指にしびれや痛みも生じます。
尺骨神経麻痺の原因
尺骨神経麻痺が起きる代表的な疾患には以下の2つがあります。
- 肘部管症候群
- ギヨン管症候群
それぞれ解説します。
肘部管症候群
肘部管症候群は尺骨神経が肘部管内で絞扼・圧迫され、絞扼性の神経障害をきたす尺骨神経高位麻痺です。肘部管とは、肘の内側を硬いところにぶつけた時に、小指や薬指に電気が走るように感じるところで、障害の多くが肘の内側部分(肘部管)の圧迫によるものです。
肘部管症候群の原因は以下の3つになります。
①変形・解剖学的因子
変形・解剖学的因子として挙げられる原因は以下のとおりです。
- 変形性肘関節症
- 小児期骨折後の外反変形(外反射)【遅発性尺骨神経麻痺】
- ガングリオン
- 尺骨神経の脱臼・亜脱臼
※ガングリオンは関節包や腱鞘から発生する(良性)嚢腫様病変であり、内腔にはゼリー状の粘液を含んでいます。手関節背側に多くみられるが、関節近傍のさまざまな部位に発生します。
②肘の酷使
肘を酷使する原因として考えられるのは以下のとおりです。
- スポーツ肘(野球、やり投げ、柔道、重量挙げ など)
- 職業病(建設作業、重機を使用する職業 など)
③特発性・その他
肘部管症候群は絞扼性神経障害の中で手根管症候群に次いで頻度が高い疾患です。
ギヨン管症候群
ギヨン管症候群とは、尺骨神経が尺骨神経管(ギヨン管)内で絞扼・圧迫されることで、絞扼性神経障害をきたすものです。
ギヨン管症候群の原因は以下のとおりです。
- 長時間にわたるハンドル把持などの小指球部に圧迫刺激が加わる動作
- ガングリオン・腫瘤といった占拠性病変
- 破格筋による圧迫 など
ギヨン管症候群は分岐した尺骨神経深枝が小指球筋基部を潜って行く際に障害が生じ、さまざまな症状が現れます。
尺骨神経麻痺の前兆や初期症状について
小指・環指のしびれが尺骨神経麻痺の前兆です。
尺骨神経麻痺では、小指と環指のしびれや痛みが徐々に強くなり、小指の付け根の筋肉や指間の筋肉が痩せてくるといった初期症状があります。
尺骨神経麻痺により障害される筋は以下のとおりです。
- 深指屈筋(環指・小指)
- 尺側手根屈筋
- 骨間筋
- 小指球筋
- 虫様筋
- 母指内転筋 など
以上の筋が障害されると出現する特徴的な肢位が鉤爪変形といわれる鷲手(わして)です。
具体的には、手指を伸展させると、環指・小指の指の付け根は過伸展しますが、骨間筋、虫様筋、小指球筋の萎縮により、環指・小指の第1関節と第2関節は屈曲します。
※示指・中指の第1関節と第2関節の伸展障害もみられる場合は、示指・中指の虫様筋を支配する正中神経麻痺を合併している可能性があります。
徐々に小指と環指が完全には伸ばせなくなり、次いで指を開いたり閉じたりしづらくなり、さらには手の動きがぎこちなくなるでしょう。
尺骨神経麻痺は整形外科で診察できます。尺骨神経麻痺であれば、整形外科で障害部位の検査や診断、治療が可能なので、症状が悪化する前に早く整形外科を受診しましょう。
用語補足
- 骨間筋:手指や足指の動きを制御する筋肉の中のひとつ
- 虫様筋:手と足にそれぞれある、親指を除く4本の指の動きを制御する筋肉
- 小指球筋:小指の付け根のふくらんだ部分である小指球を形成する筋肉の総称
尺骨神経麻痺の検査・診断
尺骨神経麻痺に対する検査では、末梢神経伝導検査やX線(レントゲン)検査・超音波検査などが有用です。また、尺骨神経麻痺の原因でガングリオンなどが疑われる場合、超音波検査やMRIなどを行います。
尺骨神経麻痺の診断の際、以下の2種類の徴候があります。
- Tinel(ティネル)様徴候
- Froment(フローマン)徴候
Tinel(ティネル)様徴候
Tinel様徴候とは、末梢神経障害における傷害部位を刺激する誘発テストであり、診断や治療効果判定のために行い、神経の回復の程度を知る目安にもなります。
患者さんの損傷神経を4~6回軽く叩打または60秒間圧迫すると、尺骨神経を支配している領域の環指尺側と小指のチクチク感や蟻走感(蟻が走るようなムズムズ感)を生じるかどうか確認します。
Froment(フローマン)徴候
Froment(フローマン)徴候とは、母指内転筋の筋力低下を長母指内転筋の筋力により代償するために生じる現象です。
患者さんに両手の母指と示指で紙を挟んで引っぱるように指示すると、母指内転筋力が低下した患側で、母指の第1関節が過屈曲して陽性と診断されます。
確定診断には、筋電図検査、X線検査、MRI検査など必要に応じて行います。
尺骨神経麻痺の治療
尺骨神経麻痺に対しては、状態に合わせて保存療法と手術療法のどちらかの治療を行います。
保存療法は以下の3種類です。
- 日常生活指導(安静など)
- 装具療法(肘関節の固定)
- 薬物療法(NSAIDs、ビタミンB12内服、ステロイド局所注射 など)でしびれや神経性の痛みを改善する薬を内服
骨折や脱臼などの外傷や腫瘤によるものは早期に手術が必要ですが、回復の可能性のあるものは、神経に負担がかかるような動作を避けて保存的に神経の回復を促します。3ヶ月ほど様子を見て回復しないものや麻痺が進行するものでは手術が必要になります。
神経損傷に対する手術は以下の3種類です。
- 神経剝離術(オズボーン靭帯切離)
- 神経縫合術
- 神経移所術(神経移動術)など
なお、骨折、脱臼などの外傷で手術が必要なものや腫瘤のあるものに対しても手術が行われ、神経の手術で回復の望みの少ないものは腱移行手術(他の筋肉で動かすようにする手術)が行われます。詳しくは整形外科にご相談ください。
尺骨神経麻痺になりやすい人・予防の方法
尺骨神経麻痺になりやすい人は以下のとおりです。
- 野球や柔道など肘関節に負担が掛かるスポーツ
- 加齢による肘関節の変形
- 骨折、脱臼などの外傷による肘関節の変形
- 糖尿病などの全身性の病気
- 腫瘍(ガングリオンなど)による圧迫
以上に当てはまる人は尺骨神経麻痺になる可能性があるので注意が必要です。
尺骨神経麻痺の予防の方法は特にありません。しかし、小児期に上腕骨外側顆骨折などの既往があり、年齢とともに肘部外反変形が進行した場合に、遅発性尺骨神経麻痺を発症することがあります。小指と環指にしびれが出てきたら、すぐに整形外科を受診しましょう。
関連する病気
- 肘部障害(Elbow Injury)
- 肘部症候群(Cubital Tunnel Syndrome)
- 手根管症候群(Carpal Tunnel Syndrome)
参考文献
- 「尺骨神経麻痺」|日本整形外科学会 症状・病気をしらべる
- 末梢神経障害
- 「肘部管症候群」|日本整形外科学会 症状・病気をしらべる
- 病気がみえる Vol.11運動器・整形外科 第2版(2024年)