監修医師:
井林雄太(田川市立病院)
キーンベック病の概要
キーンベック病は、手首にある月状骨(げつじょうこつ)という骨が血流不足により壊死し、最終的には扁平につぶれてしまう病気です。キーンベック病は、約100年前にオーストリアの医師キーンベックによって初めて報告されたことからこの名前が付けられました。月状骨軟化症と呼ばれることもあります。
この病気は、手をよく使う職業やスポーツを行う人々に多く見られます。特に、大工や調理師、テニスやゴルフなどのスポーツをする人々がリスクにさらされます。そのため、20〜30歳代の男性に多く起こりますが、高齢者や女性でも発症します。
キーンベック病は進行性であり、放置すると症状が悪化し、変形性関節症の状態となって最終的には手首の機能障害を引き起こす可能性があります。またキーンベック病は治療に難渋することが多く、特に手術療法は複雑な手術が必要となります。
キーンベック病の原因
キーンベック病の原因となる月状骨(げつじょうこつ)は、手首を構成する8つの手根骨という小さな骨の一つで、手首のほぼ中央にあります。月状骨の周囲は軟骨で囲まれ、骨に栄養を運ぶ複数の血管はどれも非常に細く頼りないことが知られています。
キーンベック病の正確な原因はまだ完全には解明されていませんが、いくつかの要因が考えられています。主な原因として以下が挙げられます。
血流障害
月状骨は血流が乏しいため、血行不良が起こりやすいです。このため、月状骨が壊死しやすくなります。
外傷
手首への外的な衝撃や繰り返しのストレス(例えば、重い物を持ち上げたり、手首を使った作業を長時間行うこと)によって、月状骨に微細な骨折が生じる可能性があります。
不顕性骨折
月状骨の微細な骨折(不顕性骨折)が放置されると、最終的に壊死につながりキーンベック病を引き起こす可能性があります。
解剖学的特性
月状骨それ自体の形態や血流動態、手首の関節を前腕側で構成する尺骨が短い、といった特性によりキーンベック病になるリスクが高い方がいます。
職業的要因
手を頻繁に使用する職業(大工、農業など)やスポーツ(テニス、バドミントン、ゴルフなど)に従事している人々はリスクが高まります。
また、高齢者の場合には骨粗しょう症などの影響で発症することもあります。単独の理由ではなく、これらの要因が複合的に絡み合って発症するものと考えられています。
キーンベック病の前兆や初期症状について
キーンベック病の主な症状には以下があります。該当する場合は整形外科を受診しますが、疑わしい場合は手外科へ紹介される可能性があります。
手首の痛み
特に手首の中央部分で痛みを感じることが多いです。痛みは動作によって悪化し、特に物を持ったり力を入れたりする際に強くなることがあります。
腫れ
手首周辺が腫れることがあります。
握力低下
痛みや腫れによって握力が低下し、物を持つことが難しくなる場合があります。
可動域制限
手首を動かすときに制限がかかり、正常な動作ができなくなることがあります。
圧痛
手首の背側中央部分を押すと痛みを感じることがあります。
進行すると月状骨が潰れて扁平化し、その結果として他の関節にも影響を及ぼす可能性があります。
キーンベック病の検査・診断
キーンベック病の診断は、主に以下の方法で行われます。
1. 問診と身体検査
医師は患者さんから症状や生活習慣について詳しく聴取し、手首の状態を確認します。
問診では利き手、作業やスポーツ活動による手関節への反復ストレスの有無、などを確認します。
診察では握力の左右差、手関節背側の腫脹や圧痛、進展や屈曲の制限について確認します。
2. X線検査
レントゲン撮影によって月状骨や周囲の骨に異常がないか確認します。ただし、初期段階では異常が見つからないこともあります。キーンベック病が進行すると、骨硬化や嚢胞性変化、圧縮変形、といった所見が見つかることもあります。
また、X腺検査はLichtman分類で病期を診断する際にも必要です。
3. MRI検査
MRI(磁気共鳴画像法)は特に早期診断に有効であり、血流障害や微細な変化を確認できます。
4. CT検査
CT(コンピュータ断層撮影)は月状骨の圧潰や分節化の程度を評価するために用いられます。
5. 関節鏡検査
必要に応じて関節鏡検査を行い、直接関節内を見ることで診断と治療方針決定に役立てます。
これらの検査結果と症状から総合的に判断し、重症度を判定したうえでキーンベック病と診断されます。重症度はX線検査を用いたLichtman分類が一般的でStage 1から5まであります。
Stage 1:X線像で明らかな所見なし
Stage 2:月状骨の硬化像あるが、圧潰なし
Stage 3A:月状骨の分節化と圧潰あり、手根骨の配列異常なし。
Stage 3B:月状骨の分節化と圧潰あり、手根骨の配列異常あり(舟状骨の掌屈変形)。
Stage 4:月状骨の周囲に関節症性変化あり。
キーンベック病の治療
キーンベック病の治療方法は患者さんの年齢や病期によって異なります。主な治療法には以下があります。
保存療法
初期段階(ステージI〜II)の場合には保存療法が選択されることが多いです。具体的には以下となります。
安静
手首を使わず安静にすることで症状を和らげます。
装具固定
手関節固定用スプリントあるいはギプスで手首を固定し、動きを制限します。常時または少なくとも作業中に装着します。これによって痛みを軽減し、回復を促します。
鎮痛薬
非ステロイド性抗炎症薬を必要に応じて服用します。
リハビリテーション
安静後にはリハビリテーションによって筋力回復や可動域改善を目指します。
手術療法
保存療法で効果が見られない、進行している、手根管症候群や腱損傷を合併している、といった場合には手術療法が考慮されます。具体的な手術方法としては
骨切り術
月状骨への負担を軽減するため、橈骨や有頭骨といった周囲の骨を切って短くします。
骨移植
壊死部分を取り除き、月状骨への再血行を促したり新しい骨組織を移植したりします。
関節固定術
関節全体を固定することで痛みを軽減し機能改善を図ります。
これらは患者さんごとに適切な方法が選ばれるため、専門医との相談が重要です。
キーンベック病になりやすい人・予防の方法
キーンベック病になりやすい人
キーンベック病になりやすい人には以下のような特徴があります。
職業的要因
大工や調理師など手作業が多い職業についている人々はリスクが高まります。また、スポーツ選手も同様です。
年齢層
青年期から壮年期(20代〜40代)の男性に多く見られます。しかし、高齢者でも発症することがあります。
既往歴
過去に手首への外傷歴や不顕性骨折歴がある人も注意が必要です。
これらの要因から、自分自身の日常生活や職業について考慮することが重要です。
予防の方法
キーンベック病は完全には予防できないものですが、リスクを減少させるためには以下のポイントに注意すると良いでしょう。
適切な運動とストレッチ
手首周辺の筋肉と靭帯を強化することで負担を軽減できます。特にスポーツ前後には十分なストレッチが推奨されます。
休息と回復時間
長時間同じ動作を続ける場合は定期的に休息し、疲労回復時間を設けることが重要です。
道具選び
重い物を持つ際には適切な道具(例えば持ち運び用具)を使用して負担軽減することも大切です。
早期受診
手首に痛みや違和感がある場合は早めに医療機関で相談し、自覚症状について評価してもらうことが重要です。
関連する病気
- 手根骨の血流障害(Carpal Bone Avascular Necrosis)
- 手根管症候群(Carpal Tunnel Syndrome)
- 関節炎(Arthritis)
参考文献