監修医師:
林 良典(医師)
上腕骨顆上骨折の概要
上腕骨顆上骨折は、肘関節に近い上腕骨の遠位端(下端)で発生する骨折です。
この骨折は特に小児に多く見られ、転倒やスポーツ活動中の事故が主な原因となります。小児に起こる骨折の約半分は肘周囲で発生し、なかでも上腕骨顆上骨折は小児の肘関節骨折の60%以上を占め、全骨折の約30%に達する頻度の高い骨折です。
肩から指先までを腕(うで)といいますが、肩から肘までを上腕、肘から手首までを前腕と呼びます。上腕は上腕骨という1本の骨、前腕は橈骨と尺骨という2本の骨が基本骨格です。上腕骨は肘関節の近くで横に膨らんでいて、この部分(外顆と内顆)に前腕の筋肉の腱が付着しています。この膨らみが始まる辺りは断面が薄く折れやすく、この部分の骨折が顆上骨折です。
上腕骨顆上骨折は、肘を伸ばした状態で手をついて転倒した際に起こることが多く、特に子どもは運動能力が未熟なため、こうした事故が頻繁に発生します。子どもが肘を痛がるとき、1歳から4歳で多いのが肘内障(肘の亜脱臼)、5歳から10歳で多いのが上腕骨顆上骨折ともいわれています。
この骨折は、肘の可動域や機能に影響を与える可能性があることと、肘を走行する神経が障害を受ける恐れがあることに注意が必要です。適切な治療が行われない場合、後遺症を残すこともあります。
上腕骨顆上骨折の原因
上腕骨顆上骨折の主な原因は、転倒や衝撃によるものです。上腕骨顆上骨折の受傷機転のうち95%はFOOSHと呼ばれる受傷メカニズムです。FOOSHはFallen On OutStretched Hand、つまり転倒したときに肘を伸ばし手のひらを下に向けて体重を受け止めようとする姿勢を指します。代表的な事例は以下のようです。
- 子どもが滑り台で遊んでいて転落して地面に手をついた
- スノーボード、自転車、格闘技などで転倒した
なお、高齢者は骨密度が低下しているため、軽い転倒でも骨折することがあります。そのため、上腕骨顆上骨折は高齢者でも起こります。
上腕骨顆上骨折の前兆や初期症状について
上腕骨顆上骨折の症状は以下の通りです。
痛み
骨折部位に激しい痛みが生じます。特に肘を動かすと痛みが増します。
腫れ
骨折した部位周辺が腫れます。
変形
骨がずれている場合には肘の周囲が不自然な形になります。折れた骨の断面が皮下組織に引っかかると、パッカーサインと呼ばれる凹みが見られます。
内出血
皮下に出血が見られることもあります。
可動域制限
痛みのため肘を動かせません。
神経障害
手がしびれたり、指や手首が動かせなくなったりします。
血管障害
血液の循環障害があると手や指が蒼白だったり、手首の脈が触れにくかったりします。
開放骨折
折れた骨の断面が皮膚を通過して露出していたら、開放骨折です。開放骨折は緊急事態です。適切な処置を緊急に行わなければ、骨の内部が化膿し、治療が難しい骨髄炎を起こしてしまいます。
上腕骨顆上骨折の際に受診する診療科は整形外科となります。
上腕骨顆上骨折の検査・診断
上腕骨顆上骨折を診断するためには以下の手順が取られます。
1. 問診と身体検査
医師は患者さんから症状や受傷時の状況について詳しく聴取し、身体的特徴を観察します。上記の通り、上腕骨顆上骨折は頻度が高く、起こりやすい受傷メカニズムや患者さんの年齢なども知られているため、典型的であれば早期に疑うことができます。
2. 神経機能評価
神経損傷の有無を確認するために、手指の感覚や運動機能を評価します。
上腕骨顆上骨折では約20〜50%で神経損傷を合併するとされています。肘を通過する主要な3つの神経はどれも損傷の危険がありますが、特にもっとも多いのが、正中神経の枝である前骨間神経の損傷です。この神経は運動神経で、親指と人差し指の屈曲が障害されますので、OKサインを作ろうとしても丸がつぶれてしまいます。また橈骨神経が損傷されると、下垂手と呼ばれる独特の姿勢になります。
3. 血管損傷評価
受傷した腕の手指に蒼白や冷感がないか、手首の橈骨動脈が触れるか、を確認します。該当する場合は緊急治療を開始する必要があります。
4. 画像診断
肘関節周囲に対して2方向のX線撮影することで多くは診断可能です。また、折れた骨の破片がどの程度どちらの方向にズレているか(転位)も判断できます。
上腕骨顆上骨折は、転位の程度によるGartland分類によって大きく3つに分けられます。
type 1
転位がほとんどないもの
type 2
転位はあるが骨皮質の一部に連続性が残るもの
type 3
完全転位
これらの検査結果から総合的に判断し、診断が行われます。
上腕骨顆上骨折の治療
上腕骨顆上骨折には主に以下の治療法があります。
1. 保存療法
転位(ずれ)が少ない場合にはギプス固定などで安静を保ちます。この方法では通常3〜6週間ほど固定し、その後リハビリテーションを行います。ただし、骨端部に粉砕骨折があり肘関節の角度が左右で異なる場合は、ピンニングによる整復が必要になります。
骨癒合後には理学療法や作業療法によって関節可動域訓練を行い、筋力回復を図ります。
2. 整復療法
Gartland type2の場合、上腕骨の皮質がつながっているため、整復固定ができます。ただし、整復後に合併症を起こさないように固定を維持するため、追加でピンニングが必要になる場合があります。通常は4週間ほどで抜釘できます。
3. 手術療法
転位が大きい場合や神経・血管損傷が疑われる場合には手術が必要です。手術でズレを整復し、金属製のピンやプレートで固定します。
手術後もリハビリテーションが重要であり、早期から運動療法を開始することで機能回復を目指します。
4. 合併症予防
上腕骨顆上骨折を治療する際は、受傷または手術による合併症として前腕のコンパートメント症候群とフォルクマン拘縮を起こさないように注意が必要です。
前腕の皮下にある筋肉、血管、神経は、筋膜や骨間膜とよばれる膜に包まれた閉鎖空間を構成しています。これをコンパートメントと呼びます。骨折による出血や浮腫によってコンパートメント内の圧力が上昇しすぎると、血流が途絶えて組織が壊死したり、神経が回復不能な障害を起こしたりします。これをコンパートメント症候群と呼びます。
前腕では手の平側にコンパートメント症候群が起こりやすく、特に屈筋が壊死すると前腕から手にかけてのしびれや指の運動障害が残ることがあります。この状態がフォルクマン拘縮です。
上腕骨顆上骨折になりやすい人・予防の方法
上腕骨顆上骨折になりやすい人
この病気は特に以下のような人々になりやすいです。
小児
活発な運動による転倒事故が多いため、小児期には特に注意が必要です。
高齢者
骨密度が低下しているため、軽い転倒でも容易に骨折する可能性があります。
また、スポーツ活動を行う人々(特にスノーボード、自転車など)もリスクグループとなります。
予防の方法
上腕骨顆上骨折を予防するためには以下の点に注意しましょう。
安全対策
子どもたちには安全な遊び場で遊ばせるよう心掛けましょう。また、高所から落ちる危険性のある遊具には注意してください。
運動能力向上
子どもたちには基本的な運動能力(バランス感覚など)を身につけさせることで怪我のリスクを減少させることができます。
高齢者への配慮
高齢者の場合は家中の段差や障害物を取り除き、安全な環境作りを心掛けましょう。また、定期的な運動によって筋力とバランス感覚を維持することも重要です。
適切な用具使用
スポーツ活動時には適切な防具(ヘルメット、パッドなど)を使用し、安全対策を講じることも大切です。
関連する病気
- 神経損傷(Nerve Injury)
- 血管損傷(Vascular Injury)
- 関節拘縮(Joint Contracture)