監修医師:
岡田 智彰(医師)
目次 -INDEX-
股関節脱臼の概要
股関節とは、寛骨(腸骨、坐骨、恥骨が結合して構成するお尻の骨)と大腿骨(ももの部分の骨)のつなぎ目の関節を指し、骨盤側の受け皿である寛骨臼(かんこつきゅう)が大腿骨の先端にある球状の大腿骨頭(だいたいこっとう)を包み込むような構造をしています。
高い安定性を広い可動域を併せもっており、体重を支えたり歩いたりするのに重要な役割を担っており、人間が二足歩行をするうえで大変重要な関節といえます。
股関節は、日常生活で負荷がかかりやすい関節であるため、故障が多く発生しやすい部位でもあります。加齢に伴い、関節周辺の軟骨が劣化したり、骨自体が変形したりするため、痛みなどの症状が出現しやすいのが特徴です。
股関節脱臼は、大腿骨頭が寛骨臼から外れた状態を指します。主に外傷性(機械的、物理的、化学的な身体の外側からの力により生じるもの)と先天性に分けられます。先天性股関節脱臼は近年、発育性股関節形成不全として扱われます。
外傷性股関節脱臼
高所からの転落や交通事故など、外からの強いエネルギーがかかった場合に起こります。また、24時間以内に整復されなければ阻血による大腿骨頭壊死症の発生頻度が高くなるため、可能な限り早期に整復することが重要です。
前方脱臼、中心性脱臼、後方脱臼に分類されますが、ほとんどが後方脱臼です。
前方脱臼
大腿骨頭が寛骨臼の前側に外れた状態を指します。股関節脱臼においては全体の約1割程度です。
中心性脱臼
大腿骨頭が寛骨臼を突き破り、骨盤腔の中に突き出た状態を指します。そのため、寛骨臼の骨折を伴う脱臼骨折です。
後方脱臼
大腿骨頭が寛骨臼の後ろ側に外れた状態を指します。
発育性股関節形成不全(先天性股関節脱臼)
以前は先天性股関節脱臼と呼ばれていました。しかし、その多くは出生後の発育過程での環境因子によって生じるため、近年では発育性股関節形成不全という言葉が用いられるようになりました。
女児や初産児に好発すると言われています。また、新生児から乳児期に開排制限(かいはいせいげん)やクリック徴候など特有の症状が見られ、のちに歩行開始の遅延や歩行異常や姿勢の不良が見られるようになります。
股関節脱臼の原因
股関節脱臼の原因には、下記のようなものがあります。
外傷性股関節脱臼
前方脱臼
股関節が強制的に外旋外転され(股関節を起点にして足を外側に開く運動)、かつテコの原理が加わることで発生します。きっかけの多くがスポーツや転倒です。
中心性脱臼
大腿骨の大転子部という部分に大きな外力がかかった際に発生します。原因の多くが転落や墜落、また太ももの側方に自動車のバンパーが衝突するような交通事故です。
後方脱臼
高所からの転落時に股関節の屈曲・内旋(股関節を起点にして内側にひねる運動)・内転(股関節を起点にして足を内側に閉じる運動)方向への外力や、自動車の運転中(股関節屈曲位)交通事故でダッシュボードに膝を強く打ったことで大腿骨長軸方向への外力がかかって発生します。
発育性股関節形成不全(先天性股関節脱臼)
発育性股関節形成不全は、出生後(乳児期や幼児期)の発育過程での環境因子によって生じると言われています。オムツカバーのバンドの幅が広く股関節が十分に開排できないことや、抱っこをする際に股関節を押さえつけて抱くなど、脚が進展した状態が持続し脚の運動を妨げることが原因になると言われています。
発育性股関節形成不全は胎児期の姿勢や脚の位置、遺伝、性別やホルモンなどが原因になると言われています。
股関節脱臼の前兆や初期症状について
股関節脱臼の症状には、下記のようなものがあります。
外傷性股関節脱臼
痛み
脱臼による痛みが生じます。また、大腿骨頭の骨折や、大腿骨頭が寛骨臼の一部を破砕する寛骨臼骨折を伴うことがあるため、強い痛みが生じる場合があります。
不自然な脚の向き、脚の長さの左右差
股関節後方脱臼を起こした場合は、股関節の屈曲・内旋・内転位となって、脱臼した側の脚に短縮が見られます。
大転子部の位置
正常であれば、股関節を45度屈曲時に大腿骨の大転子部の先端は、上前腸骨棘と坐骨結節を結ぶRoser-Nelaton線という線の上に位置します。しかし、股関節後方脱臼を起こした場合は、大転子部の先端はRoser-Nelaton線よりも上の方で触知されます。
大腿骨頭の位置
正常であれば、鼠径靭帯、縫工筋、長内転筋の内側縁で囲まれたScarpa三角と呼ばれる部位のほぼ中央に大腿骨頭が位置しています。しかし、股関節後方脱臼を起こした場合は、Scarpa三角で大腿骨頭を触知できません。
発育性股関節形成不全(先天性股関節脱臼)
歩行開始の遅延や歩行異常や姿勢の不良
健常な場合は、生後1歳2ヶ月ごろに歩行を開始しますが、脱臼している場合には歩行開始時期が遅くなります。また、成長するにつれ体や腰を左右に大きく振って歩くといった特徴的な歩き方が顕著になります。
上記のような症状が現れた場合は、整形外科を受診しましょう。
股関節脱臼の検査・診断
股関節脱臼の診断には、下記の検査が有用です。
外傷性股関節脱臼
問診や視診、触診
股関節脱臼が疑われる場合、視診や触診を行い、異常な位置や動きの制限、痛みの有無を確認します。
レントゲン検査
脱臼の方向や程度、骨折の有無を検索するのに有用です。
CT検査
レントゲン検査でわかる情報に加え、骨折の評価や関節内外の骨のかけらの有無を検索する時に有用です。
MRI検査
軟部組織の損傷や血流障害を確認するために使用され、特に軟骨や靱帯の損傷を評価するために有効です。
発育性股関節形成不全
轢音聴取
1ヶ月児、3〜4ヶ月児の乳幼児健康診査での重要な検査項目の一つです。乳幼児期に脱臼を調べるために有用です。
新生児を仰向けにした状態で股関節を90度屈曲かつ膝を屈曲した状態から開排すると、脱臼している側の足では抵抗を感じる状態を指します。
特に子どもの場合、オルトラーニ検査やバーロー検査といった診察手技が用いられます。オルトラーニは開排させて整復したクリックを聴取する徒手検査、バーローは内転閉鎖して脱臼させてクリックを聴取する検査です。
脚長差(アリス徴候)
乳幼児を仰向けにして膝を立てた時の膝の高さに左右差があると、低く見える側の股関節が脱臼していることを疑います。
大腿皮膚溝の非対称
乳幼児の太ももには、正常では0〜3本の溝が見られます。脱臼している側の脚は短縮するために、溝の数が反対のふとももと比べて、多い・深い・長いなどの特徴が見られます。
股関節脱臼の治療
外傷性股関節脱臼
徒手的整復術
レントゲンを当てて骨・関節の位置を確認しながら、股関節脱臼を整復します。鎮痛作用のある静脈麻酔を用いて行われる場合が多いです。
観血的整復術
いわゆる手術です。手術によって、骨・関節の位置を直接確認しながら、股関節脱臼を整復します。徒手整復が不可能な場合や徒手整復によって骨折する可能性が高い場合、徒手整復後も容易に再脱臼する場合、骨折を伴う場合に選ばれる方法です。
発育性股関節形成不全(先天性股関節脱臼)
装具療法
患児の自然な脚の運動を利用して脱臼の整復を図る方法です。リーメンビューゲル装具と呼ばれる特殊な装具が用いられます。生後3〜7ヶ月が良い適応とされ、装着時間を徐々に短縮し3〜6ヶ月程度継続することで多くの症例が改善すると言われています。
牽引療法
装具療法で改善されない場合にアーチと呼ばれる専用の柱をベッドに設置し、特殊なブーツを履いて脚を持続的に牽引します。入院での治療です。
観血的整復術
装具療法や牽引療法で改善されない場合は、手術が行われる場合があります。
股関節脱臼になりやすい人・予防の方法
外傷性股関節脱臼
高齢者
加齢によって靭帯などが脆弱化している場合、脱臼しやすくなると言われています。そのため、筋力強化や自宅の環境整備や歩行補助具の使用を検討し、転落や転倒を予防することが重要です。
高所から転落や交通事故
強い外力が加わった場合に起こりやすいです。そのため転落・転倒しないように予防策を講じることや、安全運転を心がけることが重要です。
発育性股関節形成不全(先天性股関節脱臼)
出生時の要因
先天性股関節脱臼は、特に女児や骨盤位で生まれた子どもに多く見られます。そのため定期的な検診により早期発見・早期治療が可能です。
参考文献