監修医師:
林 良典(医師)
骨盤骨折の概要
骨盤は、左右に存在する「寛骨(かんこつ)」、お尻の真ん中に存在する「仙骨(せんこつ)」、仙骨の先にある「尾骨(びこつ)」の骨で構成されており、寛骨は「腸骨(ちょうこつ)」「恥骨(ちこつ)」「坐骨(ざこつ)」の3つの骨からなります。
骨盤には、以下のように多くの特徴や役割があります。
体を支える
骨盤は、上半身と下半身をつなぐ土台としての役割があります。そのため、歩行時や座位のときなど多くの日常生活動作の場面で体のバランスを保っています。
内臓や生殖器を守る
骨盤の内側には、大腸などの内臓や、子宮・卵巣などの生殖器、膀胱があり、骨盤は、これらを守る役割があります。
血管が多く存在する
骨盤周りの腰部分には、腹大動脈という身体の中で2番目に太い血管が存在します。腹大動脈は、左右の総腸骨動脈に分岐し、さらに内腸骨動脈と外腸骨動脈に枝分かれします。
骨盤は重要な役割があるため、骨折してしまった場合は、骨の問題だけでなく、日常生活や健康に大きな影響を与える可能性があります。
骨盤骨折の原因
骨盤骨折は、骨折全体に占める割合は少ないものの、以下のような原因でよく発症します。
交通事故
自動車事故やバイク事故、車と歩行者の衝突事故などで、骨盤に強い力がかかると骨盤骨折を生じる危険性があります。
高所からの転落
工事現場や建物の屋上からの転落事故なども骨盤骨折の原因になりやすいです。
若年者のスポーツ外傷
骨が成長中である若年者において、全力疾走や、跳躍・キック動作などで筋肉の急激な収縮が生じた結果、筋肉の付着部がはがれる剥離骨折を生じる場合があります。
高齢者による転倒
高齢者などで骨粗鬆症などを生じていると、大きな衝撃でなく、平地歩行から転倒する程度の衝撃でも骨盤骨折を発症する可能性があります。
骨盤骨折の前兆や初期症状について
骨盤骨折は、発症した初期段階から、以下のような明確な症状がよく現れます。
骨盤や足に痛み
骨盤骨折を発症すると、骨盤や鼠径部(そけいぶ)に強い痛みが生じます。横になったり座ったりするなど姿勢を変えても痛みの強さは変わりません。
下肢のしびれや感覚障害
骨盤の周りには、下肢の筋肉に関連する神経が多く存在するため、骨盤骨折を発症すると、しびれや感覚障害などの神経症状が現れます。また、神経障害の影響により、下肢を中心とした筋力の低下が認められる場合があります。
歩行困難
骨盤は体を支える重要な部位であるため、骨折すると歩行が難しくなります。軽度の骨折では痛みが比較的軽いため、歩行が可能な場合もありますが、多くの場合、歩行時に痛みが強まります。また、骨盤骨折が重度な場合は、激しい痛みが生じるため、基本的に歩くことができません。
排せつ障害
骨盤骨折によって膀胱・直腸などの神経が損傷されると、尿や便のコントロールが難しくなる場合があります。
上記のような症状がみられた場合は、骨盤骨折を発症している危険性があるため、すぐに整形外科を受診しましょう。
整形外科では、X線検査やCTスキャンなどの詳細な評価を行ない、必要に応じて治療や手術が実施されます。その際、骨折に加え血管や内臓に損傷がある場合は、整形外科だけでなく、消化器外科などのほかの科の治療も同時に行う場合があります。
骨盤骨折の検査・診断
骨盤骨折は以下の内容を複合的に判断して診断します。
①問診と身体診察
問診で痛みが生じた経緯などを確認し、身体診察を行います。骨盤周囲の打撲痕や皮下出血だけでなく、左右下肢の長さが違うなどの症状がみられる場合があります。さらに、骨盤周囲を触ったときや、動かしたときの痛みなども骨盤骨折を強く疑う所見のひとつです。
②画像検査
骨盤骨折を疑った際は、以下のような画像検査を行います。
X線検査(レントゲン)
X線検査は簡便で、骨折の有無を確認するために行われる最も基本的な検査方法で、多くの骨盤骨折が確認できます。しかし、骨盤内部の複雑な骨折や、細かい骨折などはX線では十分に把握できない場合もあります。
CT検査
CT検査では、X線検査では指摘できなかった骨折が認められる場合があります。また、CT検査を行うことで、骨折だけではなく、骨折部の周囲の血腫や、骨盤内の臓器損傷の有無もチェックできます。骨盤骨折は骨盤周囲だけでなく、ほかの部位でも損傷をおこしている危険性があるため、全身CTを施行するケースや、血管損傷の確認を目的に造影CTを合わせて行う場合もあります。
③泌尿器系の検査
骨盤骨折に伴って、泌尿器系の障害が疑われる場合は、直腸指診や内診を行います。
骨盤骨折の治療
骨盤骨折の治療は、日本外傷学会分類が分類した以下の重症度によって、基本的に保存療法か手術療法のどちらかを選択します。
Ⅰ型(安定型)
X線検査、CT検査で骨盤環の連続性が保たれている損傷のことかつ、前方骨盤環に限局する損傷のことです。Ⅰ型はスポーツ外傷に多い剥離骨折や、高齢者の転倒に伴う恥骨・坐骨骨折などでよく見られますが、MRI検査など詳細な検査を行わなければ診断が難しい場合もあります。
Ⅱ型(不安定型)
X線検査で前方骨盤環の離開が認められ、かつ明らかな後方骨盤環の離開を認めないもの、もしくは、CT検査で後方骨盤環の離開幅が10mm 未満の状態です。Ⅱ型・Ⅲ型のどちらに分類されるかは後方骨盤環の損傷有無によって変わるため、注意深くCT検査を観察する必要があります。
Ⅲ型(重度不安定型)
X線検査で後方骨盤環の離開が明らかなもの、もしくは、CT像で後方骨盤環の離開幅が10mm以上の状態です。Ⅲ型は、交通事故、高所からの飛び降り、転落が原因として多いため、骨折だけでなく、出血や消化管損傷、泌尿、生殖器損傷などといった合併症を見逃さないように注意が必要です。
Ⅰ型のように、骨盤の安定性が保たれている場合は保存療法が選択されます。最近では、筋力低下や、床上安静の合併症を防ぐために、できる限り早く、歩いたり、立ったりする運動を行います。一方、Ⅱ型・Ⅲ型のように骨のズレが認められる場合は、そのズレを戻して金属製のスクリューやプレートなどで固定する手術療法を実施します。
骨盤骨折になりやすい人・予防の方法
骨盤骨折は、交通事故など予期せずに大きな外力が加わったことが原因となることが多いため、予測するのが難しい場面もあるかもしれません。しかし、以下に該当する場合は、骨盤骨折を発症しやすいため注意が必要です。
①高齢者
高齢者は、骨の強度も弱くなるため、転倒など大きな衝撃でなくても、骨盤骨折を発症するかもしれません。特に、骨粗鬆症の場合はより骨の強度が弱くなっているため注意が必要です。
②スポーツを行っている若年者
スポーツの中でも、瞬発力が必要なスポーツを行っている若年者の場合は、筋肉の急激な収縮により、骨盤に付着する筋肉が剥離し、骨折を引き起こす危険性があります。
予防の方法
特に高齢者の場合は、次の方法を実践することで、ある程度の予防が可能です。
骨の強度を保つ
食事の際に、カルシウムやビタミンDを意識的に摂取し、適度な運動を行うことで骨密度を保つことができます。
転倒防止
家の中でできる限り段差を解消したり、滑りやすい場所にはマットを敷くなどして、転倒を防ぐ工夫をしましょう。
筋力トレーニング
下半身の筋力を鍛えることで、バランスを保ちやすくなり、転倒のリスクを減らすことができるはずです。
定期的な健康チェック
骨密度検査や健康診断を定期的に受けて、日常から骨の健康状態を把握しましょう。
関連する病気
- 膀胱損傷
- 直腸損傷
- 神経損傷
- 慢性骨盤痛
- 深部静脈血栓症(DVT)
参考文献