監修医師:
林 良典(医師)
目次 -INDEX-
化膿性脊椎炎の概要
化膿性脊椎炎は、脊椎や椎間板に細菌が感染し、炎症を引き起こす深刻な疾患です。主に、細菌が血行を介して脊椎に運ばれ、感染が広がります。特に、高齢者や免疫機能が低下している人々に多くみられます。
日本における発症率は、10万人あたり0.5〜2.5件とされ、近年の高齢化に伴い増加傾向にあります。感染が進行すると、脊椎の破壊や神経圧迫が生じ、四肢麻痺や脊椎の不安定性を引き起こす可能性があります。早期診断と適切な治療が重要で、放置すると深刻な後遺症や命に関わるリスクもあります。
化膿性脊椎炎の治療は、通常、抗菌薬が中心に行われますが、重症の場合は外科的治療も必要です。
化膿性脊椎炎の原因
化膿性脊椎炎は、おもに細菌感染が原因で発症します。最も一般的な病原菌は黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)で、特にメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)が問題となることが多いようです。また、グラム陰性菌(大腸菌、クレブシエラ)なども原因となります。
感染は、主に以下の3つの経路で脊椎に到達します。
血行性感染
ほかの部位の感染(皮膚や尿路など)が血流を通じて脊椎に達します。これが最も一般的な経路です。
手術後感染
脊椎手術や脊椎への注射などの医療行為が原因で感染が広がることがあります。
隣接臓器からの波及
膿瘍や感染が隣接する組織や臓器から脊椎に波及することがあります。
化膿性脊椎炎の前兆や初期症状について
化膿性脊椎炎の初期症状としては、最も一般的なのは背中や腰の痛みです。この痛みは通常、進行するにつれて悪化し、安静にしても軽減しません。痛みが長期間続く場合や夜間に痛みが強くなる場合は、化膿性脊椎炎の可能性を疑う必要があります。また、発熱、悪寒、倦怠感などの全身症状が現れることもあります。
症状が進行すると、神経圧迫によるしびれや筋力低下、さらには歩行困難となることもあります。これらは、感染が脊椎の神経根や脊髄に波及し、膿瘍が形成されることによって生じます。感染が進行すると、脊椎の不安定性や骨の破壊が引き起こされ、重大な神経症状や後遺症が残ることがあります。
また、膿瘍が大きくなると排尿や排便の障害が生じる場合があり、重篤な場合には早急な外科的治療が必要です。これらの症状が見られた場合、速やかに整形外科や感染症科の受診を推奨します。
化膿性脊椎炎の検査・診断
画像検査
MRI(磁気共鳴画像)
MRIは、化膿性脊椎炎の診断に最も適した検査です。脊椎の骨だけでなく、椎間板や周囲の軟部組織まで詳細に描写でき、炎症や膿瘍、脊椎の破壊を高精度に確認できます。特に、初期段階の感染でも骨や軟部組織の変化をとらえ、早期診断に役立ちます。
CT(コンピュータ断層撮影)
CTは、主に骨の構造や破壊の評価に優れた検査です。X線の画像をコンピュータで処理し、骨の細かい破壊や変形を確認できます。
X線(レントゲン撮影)
X線は比較的簡便な検査方法ですが、初期段階では異常が見つからないことが多い傾向です。化膿性脊椎炎が進行し、骨の破壊や椎間板の狭小化が生じた場合に診断が可能です。診断が遅れることもあるため、初期段階の確認にはMRIやCTの方が適しています。
血液検査
CRP(C反応性蛋白)やESR(赤血球沈降速度)といった炎症マーカーを測定し、体内での炎症の有無やその程度を確認します。CRPは、炎症や感染があると急激に血中で上昇するたんぱく質であり、急性の炎症に敏感に反応する指標です。また、ESRは、全身性の炎症状態を反映する指標で、炎症が進行すると赤血球の沈降速度が早まるため、その速度を測定します。これらの検査は、炎症や感染の診断や治療経過の評価に役立ちます。
培養検査
培養検査は、化膿性脊椎炎の原因となっている病原菌を特定するための重要な検査です。具体的には、血液培養や、針生検を用いて脊椎周囲の膿瘍や感染した組織からサンプルを採取し、細菌培養を行います。この検査により、感染を引き起こしている細菌の種類が判明し、適切な抗菌薬を選択することが可能です。化膿性脊椎炎の原因の約50%以上が黄色ブドウ球菌で、その中にはメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)も含まれるため、迅速かつ正確な細菌の同定が必要です。
化膿性脊椎炎の治療
化膿性脊椎炎の治療は、主に抗菌薬治療と外科的治療に分けられます。それぞれ、患者さんの状態や感染の進行状況に応じて使い分けられます。
抗菌薬治療
化膿性脊椎炎の治療では、まず抗菌薬を使って感染を抑えることが重要です。初期治療では、原因菌がまだ特定されていないため、耐性菌を考慮してバンコマイシンやリネゾリドなどの抗MRSA薬が経験的に使用されることが多いようです。これは、MRSAなどの耐性菌が原因と疑われる場合があるためです。
その後、検査結果により原因菌が特定され、耐性菌ではないことが確認されれば、セファゾリンやセファレキシンといった第1世代セフェム系抗菌薬など、より適した薬剤に変更されます。これらの薬は特にグラム陽性菌に対して効果的です。
抗菌薬は、まず静脈内投与から始めるのが通常です。この静脈内投与は、一般的に2〜6週間続けられます。特に、重症例や免疫力が低下している患者さんに対しては、静脈内投与が効果的です。初期の静脈内投与が終了した後は、経口薬に切り替え、感染が完全に消失するまで治療が継続されます。経口薬への移行後も、数ヶ月にわたって治療を続けることが一般的です。
外科的治療
手術が必要なケース
- 抗菌薬で効果が不十分な場合
感染巣を直接除去するために、膿や壊死した組織を取り除く手術が行われます。 - 膿瘍による神経圧迫がある場合
膿瘍が脊髄や神経根を圧迫し、痛みや麻痺といった神経症状を引き起こしている場合、膿瘍を除去し、神経の圧迫を解消するための手術が必要です。 - 脊椎の安定性が失われた場合
感染が進行し、骨の脆弱化が起こると、脊椎の崩壊や変形のリスクが高まります。この場合、脊椎固定術が行われます。脊椎固定術では、骨移植や金属製のインプラントを用いて、脊椎の安定性を回復させ、さらなる骨折や変形を防ぎます。
化膿性脊椎炎になりやすい人・予防の方法
化膿性脊椎炎になりやすい人
高齢者
年齢とともに脊椎の血流が減少し、免疫機能が低下するため、感染に対して脆弱になります。また、長期的な医療施設でのケアを受けている場合、医療関連感染のリスクも高まります。
糖尿病患者
免疫機能が低下し、感染症にかかりやすくなるため、化膿性脊椎炎のリスクが増加します。
腎不全患者
特に透析を受けている人は、血液を介して感染が脊椎に広がりやすく、リスクが高くなります。
免疫抑制状態の患者
ステロイドや免疫抑制剤を使用している人やがん患者さんも免疫力が低下し、感染リスクが高いようです。
予防の方法
衛生管理の徹底
脊椎手術や医療処置後は、創部の管理や感染予防を徹底することが必要です。
慢性疾患の適切な管理
糖尿病や腎不全を適切に管理することで、免疫機能の低下を防ぎ、感染リスクを減らすことができます。血糖値のコントロールや透析治療の徹底が重要です。
健康的な生活習慣の維持
栄養バランスの取れた食事、適度な運動、十分な睡眠を心がけることで免疫力を維持し、感染リスクを下げることができます。
早期診断の重要性
背中や腰の痛みが持続し、発熱を伴う場合は、早めに医師の診察を受けることが推奨されます。早期診断により、重症化を防ぎ、予後の改善につながります。
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