監修医師:
井林雄太(田川市立病院)
目次 -INDEX-
反社会性パーソナリティ障害の概要
反社会性パーソナリティ障害とは、幼少期または思春期初期に始まり、他者の尊厳を軽視し、自身や周囲の人にさまざまな困難を与える人格障害のひとつです。
パーソナリティ障害にはさまざまなタイプがあります。
米国精神医学会の診断基準(DSM-5)では以下のように分別、定義されています。
A群
奇妙で風変り…妄想性、統合失調質、統合失調型
B群
演技的、感情的で移り気…境界性、自己愛性、反社会性、演技性
C群
不安で内向的…依存性、強迫性、回避性
反社会性パーソナリティ障害はB群に属し、大きな特徴としては以下のものがあります。
他者の軽視
他者の気持ちを理解できず、平気で傷つけたり騙したりする。こうした行動に罪悪感を持たず、何度もくりかえす。他者が傷ついても自身の行動を正当化する。
衝動性
計画を立てることができず、衝動的に行動する。急に引っ越したり、人間関係を変えたりする。運転中にスピードを上げる、飲酒運転をする、違法薬物を使用するといった危険な行動に走りやすい。
無責任性
理由もなく仕事を休む、借金を返さない、性的に奔放など無責任な行動をとる。極端な場合では、ホームレス状態になったり、暴行や殺人など、法を犯して刑務所に入る場合もある。
18歳以上の成人で以上の特徴のうち複数が当てはまり、かつ15歳以前に素行症を発症している場合に限り診断されます。
素行症とは、行為障害とも呼ばれ、他者の基本的な権利を侵害する行動を繰り返し起こす病気です。いじめ、喧嘩など人や動物に対して危害を加える行為、放火や他人の所有物の破壊行為、詐欺や不法侵入、万引きなどの窃盗行為、家出や学校をさぼる行為などを言います。
反社会性パーソナリティ障害の原因
反社会性パーソナリティ障害の原因にはさまざまな要因が関わっているとされています。
しかし、原因に関する研究は限られており、臨床的な意義は現在のところ不明とされています。
男性は、女性よりも成人期に反社会性パーソナリティ障害に進行する可能性が高いと言われています。
その他の要因としては以下のものがあります。
遺伝的要因
反社会性パーソナリティ障害患者の20%の近親者に同じ患者が存在しているとされています。
神経発達
頭部外傷、脳血管疾患、脳腫瘍、てんかん、ハンチントン病、内分泌障害、重金属障害、神経梅毒、エイズなどの神経ニューロンを傷つけるような病気が影響しているとされています。
また、母親の薬物使用、飢餓などで胎児の脳への損傷が、素行症と関連がある可能性があると言われています。
こうした問題は、脳の興奮を抑制する機能を低下させると考えられています。
家庭、心理的要因
親のネグレクトや虐待といった子育てスタイルは幼少期のトラウマとなり、子どもの反社会性パーソナリティ障害発症と強い関連があると言われています。
反社会性パーソナリティ障害の前兆や初期症状について
子ども時代によく見られる行動として、喧嘩、親との対立、窃盗、破壊行為、放火、動物虐待、学校での問題行動、成績不振、家出などがあります。
また、10歳までに注意欠陥多動性障害(ADHD)を発症した場合に、成人後に反社会性パーソナリティ障害を発症する可能性が高くなると考えられています。
年齢を重ねていくと、倫理観の低さ、責任感の欠如、頻繁な転職、偽名、詐欺行動、性的乱交、パートナーへの身体的、精神的な虐待などといった行動としてあらわれてきます。
医療機関の受診先としては、精神科、神経科、心療内科などです。
パーソナリティ障害を持つ本人に自覚症状があることは少なく、パーソナリティ障害そのものを動機として受診することは稀です。
精神症状…衝動性、攻撃性、希死念慮など
行動の異常…薬物依存、器物破壊、暴行など
対人トラブル…異性関係など人間関係の破綻、詐欺、借金など
このようなきっかけや、迷惑をかけられた家族や周囲からの相談によって受診するケースが多いようです。
本人を連れて行くことが困難な場合、地域の精神保健福祉センター、保健センター、厚生労働省による「こころの健康相談統一ダイヤル」などの窓口に相談する方法もあります。
反社会性パーソナリティ障害の検査・診断
反社会的パーソナリティ障害は、米国精神医学会の「精神疾患の診断・統計マニュアル」(DSM-5)もしくは世界保健機構(WHO)の「国際疾病分類」(ICD-10)に基づいて診断されます。
どちらの診断基準でも、
- 社会的ルールを守らない
- 繰り返し嘘をつく
- 衝動的に行動し計画を立てない
- 自分や他者の安全を軽視する
- 他者への暴力的な行為
- 急に仕事をやめるなど、無責任な行動をとる
- 他者を傷つけることに無頓着で、後悔の念が見られない
といった特徴のうち3つ以上があてはまるものとされています。
15歳までの素行症が明らかである場合は、心理検査は行わず診断がつきます。ただし、子ども時代や青年時代の行動歴がわからない場合や、本人が医師との面接を拒否した場合に、ミネソタ多面人格目録(MMPI)が有用である場合があります。
また、反社会性パーソナリティ障害で見られる行動の多くは、他の精神疾患(境界性パーソナリティ障害、薬物依存、双極性障害、注意欠陥多動性障害など)と重複する可能性があるため、精神病歴、病歴、社会歴、発達歴、家族関係の履歴について、本人または家族から幅広く問診、聴取することが必要になります。
反社会性パーソナリティ障害の治療
ほとんどの人格障害には標準的な治療方法が現在のところなく、社会的に問題のある行動を減らしていくアプローチを取ることが多いと言われています。
衝動性を抑える方法として可能性があると言われているのが、認知行動療法です。
物事のとらえ方を変えて患者さん自身の行動変容を促していきます。
また、薬物療法には、対症療法的に症状の一部を緩和する効果が期待されています。
薬物療法は、実施している期間しか有効でないなどの限界がありますが、問題をしばらく抑えることができるだけでも、患者さんに大きなメリットをもたらすことがあります。
衝動性や感情不安定には、選択性セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)や気分安定薬(双極性障害の治療薬)が有効だとされています。
反社会性パーソナリティ障害では、典型的には生涯にわたって重度の病状を抱えるとされていますが、加齢にともなって症状が目立たなくなったり、軽快する傾向が強いようです。
大部分の人は、30〜40代になると、対人関係も職業面も安定してくるケースが多く、発症時の年齢が高い、地域社会とのつながりが改善している、仕事が安定している、結婚生活が順調であることなどが、精神の安定に影響すると言われています。
反社会性パーソナリティ障害になりやすい人・予防の方法
素行症のある子どもは反社会性パーソナリティ障害を発症する可能性が高いことから、子どもに対する早期治療、介入は、反社会性パーソナリティ障害の予防に効果的な方法だと考えられています。小児期に、学習障害、注意欠陥多動性障害、夜尿症がある場合も、反社会性パーソナリティ障害の発生と関連が強いと言われています。
発症した後は、生涯にわたり寛解する可能性は低く、効果が立証された治療法もないため、精神科医や、臨床心理士といったチームで関わり、本人が日常生活で困難を感じないよう過ごせることが目標となります。
家族や身近な人と共に見守っていく必要がありますが、周囲の人がストレスを抱え込みすぎないように、家族にとっても精神科医、臨床心理士によるカウンセリングや、行政の相談窓口とつながっておくことが問題の予防となるでしょう。
参考文献