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急性冠症候群
林 良典

監修医師
林 良典(医師)

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名古屋市立大学卒業。東京医療センター総合内科、西伊豆健育会病院内科、東京高輪病院感染症内科、順天堂大学総合診療科を経て現職。診療科目は総合診療科、老年科、感染症、緩和医療、消化器内科、呼吸器内科、皮膚科、整形外科、眼科、循環器内科、脳神経内科、精神科、膠原病内科。医学博士。公認心理師。日本専門医機構総合診療特任指導医、日本老年医学会老年科専門医、禁煙サポーター。

急性冠症候群の概要

冠動脈の内腔が急速に狭窄、閉塞して心筋が虚血、壊死に陥る疾患を急性冠症候群と呼びます。急性冠症候群には急性心筋梗塞不安定狭心症が含まれます。冠動脈の狭窄や閉塞により心筋壊死(しんきんえし)が起きているものを急性心筋梗塞と呼び、心筋壊死にまでは至らないものを不安定狭心症と呼びます。

急性冠症候群の原因

血管の壁の中に余分な脂が蓄積した状態が動脈硬化です。その壁に形成される塊をプラークと呼びます。プラークが不安定な状態になりプラークに傷がつくことをプラークの破綻(はたん)と言います。

プラークの破綻が起きると、そこに血栓という血の塊ができます。血栓が増大すると血管の内腔は狭窄、閉塞します。心臓には心臓自身に栄養を送る冠動脈という血管がありますが、冠動脈でプラークの破綻と血栓の形成が起こり、血管内腔が急速に狭窄、閉塞し、心臓に十分な血液が送られなくなる疾患が急性冠症候群です。

急性冠症候群の前兆や初期症状について

急性冠症候群の代表的な症状は胸痛です。胸痛の性状はさまざまで、胸部の圧迫感、絞扼感(こうやくかん)、重苦しさや、息がつまる感じ、胸が焼けるような感じと表現されます。症状は胸だけでなく、顎や首、肩などに広がることがあります。胸部症状だけでなく、冷や汗や吐き気、呼吸困難感などが伴うこともあります。
高齢者や糖尿病、女性の患者さんでは非典型的な症状の訴えがしばしば見られ、注意を要します。不安定狭心症の胸痛は数分程度が多く、長くても20分程度と言われていますが、急性心筋梗塞の場合は20分以上の長い時間、症状が持続することが多いとされています。胸痛の持続時間が数秒の場合は、急性冠症候群による胸の痛みとしては非典型的です。症状は労作時だけでなく、安静時にも出現します。
急性冠症候群の検査や治療を行う専門科は循環器内科です。

急性冠症候群の検査・診断

急性冠症候群を疑う場合、以下のような検査を行います。

身体所見とバイタルサイン

過剰心音であるⅢ音を聴取する場合、左室の充満圧上昇による重症左室機能不全の可能性を考えます。また、急性冠症候群で心不全を合併すると、肺野での湿性ラ音を聴取する場合があります。急性心筋梗塞の機械的合併症として、乳頭筋断裂や心室中隔穿孔などがあります。これらを合併すると、胸部の聴診で収縮期雑音を聴取することがあります。
急性冠症候群により心臓のポンプとしての機能が弱まると、血圧が低値を示す心原性ショックの状態になることがあります。心原性ショックでは顔面の蒼白や冷たく湿潤な皮膚を認めます。これらの身体所見や血圧の数値をもとに、4段階に重症度を分類します(Killip分類)。

心電図検査

心電図検査は、急性冠症候群の診断において重要な検査です。急性冠症候群が疑われる場合は迅速な診断が望ましく、10分以内の12誘導心電図の記録が推奨されています。急性冠症候群では、虚血性心疾患で認められるようなさまざまな心電図変化が見られますが、その中でもST変化が重要です。
心電図の波には部位によりアルファベットの名前がついていますが、その中のS波、T波と呼ばれる部分の変化がST変化であり、心筋梗塞の代表的な心電図変化としてST上昇があります。急性冠症候群は心電図検査でST上昇型心筋梗塞と非ST上昇型急性冠症候群に分けられます。非ST上昇型急性冠症候群は、さらに後述する心筋バイオマーカーによって非ST上昇型心筋梗塞と不安定狭心症に分けられます。

血液検査

一般的な血液検査項目に加えて、心筋トロポニンやクレアチンキナーゼ(CK)、クレアチンキナーゼMB分画(CK-MB)、ミオグロビン、アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ(AST)、乳酸脱水素酵素(LDH)などの心筋壊死を示すバイオマーカーを測定します。
心筋バイオマーカーは血液を採取してから結果が出るまでに少し時間がかかるので、急性冠症候群を疑う多くの場合(とくにST上昇型心筋梗塞の場合)は血液検査の結果を待たずに緊急カテーテル検査を行います。

胸部X線検査

急性冠症候群の場合、鑑別診断および重症度評価の目的で胸部X線検査を行います。肺うっ血や肺水腫、胸水の有無や心陰影拡大を確認し、心不全合併がないかを判断します。
緊急を要する鑑別診断として、急性大動脈解離や急性肺血栓塞栓症があります。上縦隔陰影の拡大や二重陰影を認める場合には急性大動脈解離を疑い、肺動脈の拡張と急速な狭小化を認める場合には急性肺血栓塞栓症を疑います。これらの緊急疾患が疑わしい場合には、心エコー検査や造影CT検査によってさらなる精査を行います。
大動脈解離は血管が裂ける病気です。冠動脈は上行大動脈から出ているので、上行大動脈解離により冠動脈まで血管が裂けると急性心筋梗塞を合併することがあります。このような合併例の場合、診断はより難しくなります。

心エコー検査

胸に機械を当て、超音波を用いて心臓の動きを調べる検査です。急性冠症候群の場合、心筋が傷害されている部位の壁運動が低下することがあり、心エコー検査で壁運動異常が確認できます。
左室自由壁破裂や乳頭筋断裂、心室中隔穿孔などの機械的合併症の有無も確認します。胸痛を引き起こすような、急性大動脈解離、急性肺血栓塞栓症、大動脈弁狭窄症、心外膜炎、心筋炎、肥大型心筋症などの疾患の鑑別にも有用な検査です。

心臓カテーテル検査

急性冠症候群の検査の中でもとくに重要な検査です。心臓カテーテル検査の中でも、冠動脈を造影剤によって評価する検査を冠動脈造影(CAG)と呼びます。動脈にカテーテルと呼ばれる細い管を挿入し、それを冠動脈まで進めます。
冠動脈に造影剤を流して血管の中が狭くなっていないか、血液の流れが途中で途絶していないかを確認します。冠動脈に狭窄、閉塞がある場合、多くはそのままカテーテル治療を行います。

急性冠症候群の治療

初期治療

初期治療として、酸素、モルヒネ、硝酸薬、アスピリンを用います。酸素は酸素飽和度90%未満の低酸素血症や心不全徴候のある症例に対して使用します。心筋虚血による胸部症状がある場合は、硝酸薬(ニトログリセリン)やモルヒネを投与します。硝酸薬は血管を広げる効果があるので、収縮期血圧90mmHg未満の血圧が低い症例や、普段より大きく血圧が低下している症例には使えません。

再灌流療法

血管の詰まりを解消し、冠動脈の血流を回復させる治療を再灌流療法と呼びます。血栓溶解療法と経皮的冠動脈インターベンション(PCI)がありますが、PCIが可能な場合はPCIを行うのが一般的です。PCIとはカテーテル治療のことです。カテーテルを冠動脈まで進め、造影剤で狭窄、閉塞している部位を確認します(CAG)。その後、狭い部分でバルーンと呼ばれる風船を膨らませ、ステントと呼ばれる金属製の筒を血管内に留置します。
ST上昇型急性心筋梗塞ではさらなる心筋の壊死を防ぐために、できる限り迅速に緊急CAG、緊急PCIを行います。非ST上昇型急性冠症候群の場合は、病歴や身体所見、検査所見などからリスク層別化を行います。リスクに従い、早期に侵襲的治療を行うのか、待機的に侵襲的治療を行うのかを決定します。この場合の侵襲的治療というのはカテーテル検査から冠血行再建までの一連の流れを指します。冠血行再建にはPCIだけでなく、病変によっては冠動脈バイパス手術が選択されることもあります。

薬物治療

急性冠症候群の場合、一般的には入院加療となり、上記の治療に加えて薬物治療を行います。アスピリンなどの抗血栓薬、β遮断薬、レニン・アンジオテンシン・アルドステロン系阻害薬、硝酸薬、脂質代謝異常改善薬などを用います。

補助循環

急性冠症候群では循環動態が破綻し心原性ショックの状態になることがあり、その場合は機械を用いた補助循環を行います。補助循環装置には大動脈内バルーンポンプ(IABP)、補助循環用ポンプカテーテル(IMPELLA)、経皮的心肺補助装置(PCPS)などがあります。

急性冠症候群になりやすい人・予防の方法

急性冠症候群は冠動脈疾患の一つであり、冠動脈疾患の主な原因は動脈硬化です。動脈硬化の進行の速さを決めるのは体質と不適切な生活習慣です。
冠動脈疾患になった方が家族にいる場合、遺伝的に冠動脈疾患にかかる危険性が高い可能性があります。また、動脈硬化になりやすい遺伝性の疾患として、家族性高コレステロール血症があります。
冠動脈疾患の危険因子は高血圧、糖尿病、脂質異常症、喫煙、肥満などです。カロリーや塩分を控えた食事、禁煙、運動習慣、適正な体重の維持などが冠動脈疾患の予防につながります。


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