目次 -INDEX-

井林雄太

監修医師
井林雄太(田川市立病院)

プロフィールをもっと見る
大分大学医学部卒業後、救急含む総合病院を中心に初期研修を終了。内分泌代謝/糖尿病の臨床に加え栄養学/アンチエイジング学が専門。大手医学出版社の医師向け専門書執筆の傍ら、医師ライターとして多数の記事作成・監修を行っている。ホルモンや血糖関連だけでなく予防医学の一環として、ワクチンの最新情報、東洋医学(漢方)、健康食品、美容領域に関しても企業と連携し情報発信を行い、正しい医療知識の普及・啓蒙に努めている。また、後進の育成事業として、専門医の知見が、医療を変えるヒントになると信じており、総合内科専門医(内科専門医含む)としては1200名、日本最大の専門医コミュニティを運営。各サブスぺ専門医、マイナー科専門医育成のコミュニティも仲間と運営しており、総勢2000名以上在籍。診療科目は総合内科、内分泌代謝内科、糖尿病内科、皮膚科、耳鼻咽喉科、精神科、整形外科、形成外科。日本内科学会認定医、日本内分泌学会専門医、日本糖尿病学会専門医。

心タンポナーデの概要

心臓は、胸部中央のやや左寄りに位置する筋肉で構成された臓器で、全身に血液を供給するポンプの役割を果たします。
心臓は四つの部屋に分かれており、右心房で全身から静脈血を受け取り、右心室から肺へ送り出して肺胞で血液中に酸素を取りこみます。
肺で酸素を取りこんだ血液は左心房に入り、左心室から全身へ血液を送り出します。

心臓は心膜という二重層の膜に包まれています。
心膜には少量の液体が含まれており、心臓の動きを滑らかにする潤滑剤として機能します。
外層は線維性心膜(fibrous pericardium)と呼ばれ、心臓を固定し、急激な心臓の拡大を防ぎます。
内層は漿膜性心膜(serous pericardium)と呼ばれ、さらに二層に分かれ、心臓に密着する臓側板(visceral layer)とその外側を覆う壁側板(parietal layer)から成ります。
これらの間にある空間が心膜腔(pericardial cavity)であり、ここに過剰な液体が貯留することで心タンポナーデという状態になります。

心タンポナーデは、この心膜腔に液体が急速にまたは徐々に蓄積し、心臓の収縮や拡張を妨げます。
その結果、心臓から全身へ十分な血液を送り出すことができず、血圧が急激に低下し、命に関わる状態に陥る可能性があります。

心タンポナーデの原因

心タンポナーデの原因は多岐にわたります。
主な原因には以下のものがあります。

外傷
胸部の鈍的外傷や鋭的外傷によって心膜が損傷し、血液が心膜腔に流れ込むことがあります。

心筋梗塞
心筋梗塞後に心筋が破裂し、血液が心膜腔に漏れ出ることがあります。

心臓手術
心臓手術後に心膜腔に血液や体液が貯留することがあります。

大動脈解離
大動脈の内壁が裂けることで血液が心膜腔に流入し、心タンポナーデを引き起こすことがあります。

がん性心膜炎
悪性腫瘍が心膜に浸潤し、炎症や浸出液の増加を引き起こします。

感染症
結核やウイルス性心膜炎などが原因で心膜腔に液体が溜まることがあります。

自己免疫疾患
全身性エリテマトーデス(SLE)や関節リウマチなどの自己免疫疾患が原因で心膜に炎症が生じ、心タンポナーデを引き起こすことがあります。

心タンポナーデの前兆や初期症状について

心タンポナーデの前兆や初期症状は、液体の貯留速度や量によって異なります。
心タンポナーデでは、以下のような症状が見られることがあります。

低血圧
心臓のポンピング機能が低下するため、血圧が低下します。
静脈拡張(頸静脈の怒張)
心臓に戻る血液が滞るため、頸静脈が拡張することで怒張が見られます。
心音の減少
心臓の収縮・拡張機能が妨げられるため、心音が減少します。
呼吸困難
血液が十分に心臓に戻らないため、全身への酸素供給が低下し、呼吸困難が生じます。
意識障害
重症の場合、脳への血流が減少し、意識障害や失神が生じることがあります。
乏尿
血圧低下により腎臓への血流が減少し、尿量が減少します。

なかでも、低血圧・静脈拡張・心音の減少はベックの3徴と呼ばれ、心タンポナーデの特徴的な症状とされています。
症状が強く出ている場合、呼吸困難、意識障害などが起こるので救急要請が必要となります。
症状が強くない場合は循環器科を受診しましょう。

心タンポナーデの検査・診断

心タンポナーデが疑われた場合に実施される検査で、最も有用とされているのが心臓超音波検査(心エコー検査)です。
また、胸部レントゲン検査、心電図検査、胸部CT検査などもあります。
しかし、心タンポナーデの診断は、臨床所見と心エコー検査によって行われる場合がほとんどです。

心エコー検査

心臓の動きや心内腔の虚脱、心嚢液の貯留を確認します。
心タンポナーデの場合には、次の初見が見られます。

心臓の動きについて
拡張期に右室前壁・右房・左房の虚脱や、左室拡張期壁肥厚(偽肥大)、吸気時に虚脱しない下大静脈の拡張、心膜内でより自由に心臓が動くSwinging Heartが認められます。
心嚢液の貯留について
心嚢液が15-35mLを上回る場合に、心嚢周囲の層はエコーで鑑別が可能です。
心嚢液の量による分類
少量(拡張期のエコーフリースペースが10mm未満)、中等量(10〜20mm)、多量(20mm以上)、大量(20mm以上かつ心臓の圧排)で分類されます。

その他の検査

胸部レントゲン検査では心陰影の拡大が見られることがあります。
心電図検査では心嚢液の貯留量が多い場合、低電位(QRSの振幅が小さい)を認める場合があります。
CT検査、MRI検査は、心嚢液の量や貯留部位の評価、または不適切な心嚢穿刺を回避するために有用です。

心タンポナーデの治療

心タンポナーデの治療は、心膜腔内の液体を速やかに排出し、心臓への拡張障害を解除することが目的です。
また、ショックなどの低血圧症状を呈している場合には、補液を行い心内腔の虚脱を予防する必要があります。
解離性大動脈瘤や急性心筋梗塞後の心破裂、外傷による心タンポナーデは、外科的処置を検討する必要があります。
主な治療法は以下の通りです。

心膜穿刺

心膜腔に針を挿入し、液体を排出する手技です。
エコーガイド下で行われることが多く、緊急時には生命を救うために迅速に実施されます。
まず、心エコー検査を行い、穿刺により心臓や肝臓など他臓器を損傷しない部位を選択します。
穿刺部位としては、剣状突起下、肋間、心尖部などがあります。
その中でも剣状突起下が選択されることが多いと言われています。
剣状突起穿刺法は、半坐位もしくは臥位に保ち剣状突起を触知します。
そして、消毒したのちに清潔なドレープをかけ、必要時には局所麻酔を行い、エコーガイド下で穿刺を行います。
バイタルサインが安定し、心嚢液が無くなるまで排出します。
心嚢液を排出した後は、心エコーで心臓の状態や心嚢液の貯留を確認します。
胸部レントゲン検査で胸水や気胸の有無を確認しながら、循環動態の安定を目指します。
心嚢液排出用のチューブを留置するか、または外科的に手術を行い長期的に排液すべきかを検討する必要があります。

心膜切開術または心膜開窓術

外科的に心膜に小さな窓を作り、液体を排出する方法です。
再発を防ぐために選択されることがあります。
心嚢穿刺は一時的な処置であるため、開胸・心膜切開または心膜開窓術がより確実な治療法となります。
これらの治療法を実施する場合は、診断が確定したか、または強く疑われる場合となります。
緊急の際は、十分に訓練を受けたスタッフがおり、患者の状態が不安定でほかの蘇生術に反応しない場合は、救命を目的にこれらの手技をベッドサイドで行ってもよいと言われています。
そうでなければ、速やかに手術室で手技を行う必要があります。

補液による循環動態の確保

心タンポナーデが原因で、循動態が不安定な場合には、補液を大量に行い(生理食塩水500mLを10分で輸液する)、心内腔の虚脱を防ぐ必要があります。
生理食塩水500mLを10分で輸液することで、血漿循環量を増加させることで、心拍出係数を改善することができる場合があると言われています。

根本原因の治療

心タンポナーデには、多くの原因が考えられます。
心タンポナーデの原因が特定された場合には、速やかに原因に対する治療を開始する必要があります。
感染症が原因であれば抗生物質の投与、がん性心膜炎であれば化学療法などが行われます。

心タンポナーデになりやすい人・予防の方法

心タンポナーデは、種々の疾患に起因するため、それぞれの疾患にならないように予防をする必要があります。
予防のためには、生活習慣の改善や感染予防、原疾患の治療などがあげられます。

心タンポナーデになりやすい人

心タンポナーデになりやすい人には、以下のものがあげられます。

急性型の代表的な原因疾患
解離性大動脈瘤、大動脈解離、急性心筋梗塞後の心破裂、外傷など。
慢性型の代表疾患
悪性腫瘍の心膜転移、結核やウィルスなどの感染症、自己免疫疾患(関節リウマチや全身性エリテマトーデスなど)、尿毒症など。心臓手術や心筋梗塞の既往がある人はリスクが高まります。

予防方法

生活習慣の改善、感染症の予防、または原疾患の適切な管理が予防に役立ちます。
特に危険因子を持つ場合は、定期的な健康診断や専門医の受診を心がけることが重要です。


関連する病気

  • 心膜炎(Pericarditis)
  • 外傷性心タンポナーデ(Traumatic Cardiac Tamponade)

参考文献

  • 日本循環器学会2020. 急性心膜炎・心タンポナーデの診断と治療. 日本循環器学会ガイドライン
  • 日本循環器学会/日本心不全学会合同ガイドライン【ダイジェスト版】急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017年改訂版)

この記事の監修医師