監修医師:
神宮 隆臣(医師)
失読症の概要
失読症とは、話す・聞く・読む・書くの4つの言語機能のうち、読むことが困難となる障害です。
読むことだけが困難な純粋失読と、書くことの困難を併せ持つ失読失書に大別されます。失語症でも読みの障害は出現します。しかし失読症では、失語症と異なり話す・聞くことは問題なく、ほかの認知機能も保たれていることが多いのが特徴です。
病気やけがで脳に損傷を負うと、部位によって記憶や言語、注意力、感情などに障害が起きます。このような機能の異常を高次脳機能障害といい、失読症もその一種です。
失読症で障害される読む行為は実は複雑です。目で見た映像を脳が認識する、映像から文字を抽出し認識する、文字と意味を結びつけるなどの複数の機能が全て正常に行われて初めて、「読む」ことができます。映像を文字として認識する、文字と意味を結びつけて理解する、といった複数の機能が合わさって可能となっています。このように複雑な過程が、脳の損傷により困難となることで失読症を発症します。
失読症とディスレクシアの違い
失読症は、読み書きの障害であるディスレクシアと混同されることがありますが、両者は異なる障害です。ディスレクシアは学習障害のひとつとされ、読み書きの能力が障害されますが、知能発達は正常です。有名俳優がディスレクシアを公表し、近年注目されています。
失読症は後天的な脳の損傷が原因であり、正常に読めていた機能が失われてしまいます。そのため、どの年齢でも発症する可能性があります。
失読症の原因
以下のような原因による局所的な脳の損傷が、失読症を引き起こします。
- 脳血管障害(脳梗塞、脳出血など)
- 頭部外傷
- 脳炎
- 脳腫瘍
私たちが文字を読むときは、目から脳へ伝わった視覚情報を言語処理領域が受け取り、文字として理解しています。言語処理領域は多くの方で左半球に存在し、側頭葉・頭頂葉・前頭葉に分かれて分布しています。言語処理領域が損傷すると、部位によって失読症となる場合があります。損傷の部位は広がりによっては、失書や失語を伴うこともあります。
また、脳梁膨大部は左右の大脳をつなぐ脳の大事な部分のひとつです。脳梁膨大部が損傷し、さらに左の一次視覚野である後頭葉が損傷されたとします。すると視覚情報は右側は失われ、左側の視野からのみが右後頭葉(一次視覚野)に入ります。右側の視野は保たれますが、その中の文字の情報が脳梁膨大部を通って左半球に伝わらないため、失読が生じます。
失読症の前兆や初期症状について
失読症の症状は、文字が読めない、読みづらい、読むのに時間がかかるといったものです。以下のように感じる方もいるでしょう。
- テレビの字幕に追いつけない
- 駅名が読めず出かけられない
- 文字が文字に見えない
漢字とかなの両方が読めない患者さんも、片方だけがわからない患者さんもおり、症状は多彩です。文字を指でなぞったり、1文字ずつ追うと読める場合もありますが、長文になる程理解に時間がかかり、間違いも多くなります。アラビア数字なら読める患者さんが多いのは特徴的です。
失読と同時に以下の症状が起きることもあります。
- 物覚えが悪くなる
- 両目とも同じ側が見えない
- 色の名前がわからない
- 場面や物を一部分しか認識できない
失書(書く機能の障害)は伴うことも伴わないこともあります。書けたとしても、後から自分の字を見て読むことが難しいことも特徴です。
失読症を疑ったときの受診について
失読症の診療に精通しているのは、脳神経内科や脳神経外科です。症状に気付いたらできるだけ早く受診しましょう。
過去に頭部外傷を受傷したり、脳卒中などの発症したりして診察を受けた病院があれば、再度受診すると過去の画像と比較ができるのでおすすめです。
今回初めて症状に気付いた場合は、かかりつけ医に相談して紹介してもらうのも選択肢です。
失読症の検査・診断
失読症は問診と診察のほか、画像検査や言語機能の評価などを組み合わせて診断します。
問診
問診では以下のような内容を詳細に確認します。付き添いの方がメモにまとめて持参すると、医師に伝えやすいでしょう。
- 症状の発症時期と経過
- 脳卒中や頭部外傷などの既往歴
- 家庭や仕事での困りごと・変化
- 利き手
利き手の情報が大切なのは、左利きの人の約3分の1は、脳の言語処理領域が右利きの人と反対側の右半球にあるためです。多くの方は左半球の損傷で言語障害が出ます。しかし、右半球に言語処理領域がある患者さんでは症状の出方が異なることがあります。
診察
神経学的診察という、視力や聴力などの脳神経や、運動機能や感覚系、高次脳機能に至るまで詳しく診察を行います。失読以外に症状がないかを詳しく評価します。認知機能を評価する簡易検査(ミニメンタルステート検査:MMSE、改訂長谷川式簡易認知機能検査:HDSR など)を行うこともあります。
脳の検査
脳の損傷部位を特定するために、頭部CTや頭部MRIといった画像検査を行います。過去に撮影した画像があれば、再度確認し比較することもあります。
目の検査
視覚の状態を確認するために、視力検査や視野検査を行うことがあります。
神経心理学的検査
神経心理学的検査とは、言語や思考、知能などの障害の程度を詳細に調べる検査です。目的に応じてさまざまな種類があり、必要なものを選択して実施します。
失読症と考えられる場合は、言語機能を詳しく評価するために以下のような検査を行います。
- 標準失語症検査(SLTA)
- WAB失語症検査日本語版
また、読み書きの詳細な評価も行います。かなと漢字で差があるか、日常的に目にする漢字と特殊な読み方をする漢字ではどうか、などを検討します。
失読症の治療
失読症の主な治療方法は、言語療法と呼ばれるリハビリテーションです。症状の程度や特徴に応じて患者さんに合わせたメニューを組み、言葉とコミュニケーションの専門家である言語聴覚士(ST)が訓練を担当します。
リハビリテーションは通常数ヶ月にわたって継続し、日常生活における不自由の軽減を目指します。改善が乏しい場合は、それ以上に継続することもありますが、自費診療になる場合もあります。
言語療法
言語療法は失読症の治療の中心です。例えば以下のような順序でトレーニングを行い、段階的に難易度を上げていきます。
- 文字をなぞりながら音読する
- 短い単語を読む
- ルビ付きの短文を読む
- 100文字〜200文字程度の文章を読む
途中で症状の変化があれば、トレーニングの内容も調整します。失読症などの高次脳機能障害のリハビリテーションは、個々人の症状に合わせて担当のリハビリテーションスタッフが創意工夫を凝らして行われます。
不足している機能を補う方法を学び、生活のなかで使用する練習も行います。例えば文字を大きくして読む、読み上げソフトを利用して音声で理解する、といった工夫が可能です。
失読症になりやすい人・予防の方法
失読症は後天的な脳の損傷により起きます。予防するには、脳卒中の予防策や、頭部外傷を防ぐ対策が役立ちます。
脳卒中を予防するには、以下を参考に生活習慣を整えましょう。
- 十分な睡眠
- バランスの取れた食事
- 適度な運動
- 適正体重の維持
- 禁煙
健康診断を定期的に受け、体調の変化をキャッチすることも重要です。血圧や血糖値、脂質などを定期的にチェックし、異常を指摘された場合は、病院を受診し、治療を始めましょう。
頭部外傷の原因で多いのは交通事故です。シートベルトは着用しましょう。バイクや自転車などではヘルメットは必須です。
高所作業をする場合もヘルメットは重要です。ハーネスなどの安全装備も確実に使用しましょう。高齢者では転倒が主な原因となります。手すりをつける、廊下に人感センサーを付けて夜間も明るさを保つなど工夫を行いましょう。
参考文献