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硬膜動静脈瘻
神宮 隆臣

監修医師
神宮 隆臣(医師)

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熊本大学医学部卒業。熊本赤十字病院脳神経内科医員、熊本大学病院脳神経内科特任助教などを歴任後、2023年より済生会熊本病院脳神経内科医長。脳卒中診療を中心とした神経救急疾患をメインに診療。脳神経内科疾患の正しい理解を広げるべく活動中。診療科目は脳神経内科、整形外科、一般内科。日本内科学会認定内科医、日本神経学会専門医、日本脳卒中学会専門医、日本脳血管内治療学会専門医、臨床研修指導医の資格を有す

硬膜動静脈瘻の概要

硬膜動静脈瘻(dural arteriovenous fistula: dAVF)は、硬膜内の動脈と静脈または静脈洞とが異常に直接つながってしまう疾患です。
この異常なシャント(短絡)は、血液が高圧の動脈から低圧の静脈に直接流入することで、局所の血流動態が破綻し、血管の拡張や破裂、脳出血、脳の浮腫を引き起こします
硬膜動静脈瘻は、主に頭蓋内に発生することが多いですが、脊髄硬膜にも形成されることがあります。症状は病変の位置、シャントのサイズ、および静脈逆流の有無などによって変化します。初期症状は軽度であることもありますが、放置すると病状が進行し脳出血や深刻な神経学的後遺症を引き起こす可能性があります。したがって、早期の診断と治療が重要です。

硬膜動静脈瘻の原因

硬膜動静脈瘻の原因は正確には解明されていません。関連する要因も多岐にわたりますが、いくつかの主要なものを挙げます。
外傷
頭部外傷が硬膜動静脈瘻の発生に関連することがあります。外傷によって血管が損傷し、異常なシャントが形成されると考えられています。
手術や侵襲的な医療処置
頭部や脊髄の手術後に硬膜動静脈瘻が発生することがあります。これらの処置が血管に影響を与え、異常なシャントが形成される可能性があります。
先天性要因
一部の患者さんは、遺伝的または発育異常により硬膜動静脈瘻を生じやすい傾向があります。
加齢
年齢を重ねることで血管の劣化が進み、硬膜動静脈瘻の発生リスクが増加すると考えられています。

硬膜動静脈瘻の前兆や初期症状について

硬膜動静脈瘻の症状は、病変がどの部位に発生するかによって多様です。主な部位ごとの症状は以下のとおりです。

1. 横静脈洞およびS状静脈洞

耳鳴りや頭痛

硬膜動静脈瘻が頭蓋内、特に後頭部や側頭部に存在する場合、拍動性の耳鳴りが最も一般的な症状です。頭蓋内の動脈から静脈へのシャント血流によって、異常な耳鳴として自覚されることがあります。これらの症状は、日常生活に支障をきたすほど強いこともあります。

脳浮腫による頭痛

血管の異常が原因で、静脈圧が高まり脳浮腫が発生すると、強い頭痛めまいを引き起こすことがあります。このような場合、症状が徐々に悪化することが多く、しばしば集中力の低下や日常活動の困難さが生じます。

神経学的症状(運動障害、麻痺、けいれん)

頭蓋内の動静脈瘻が脳の運動領域に近い場合、シャントの圧力で局所の血流が阻害され、運動障害一側の手足の麻痺筋力低下が現れることがあります(静脈性梗塞)。さらに、けいれんや意識障害などの重篤な神経学的症状に至ることもあります。

出血の症状

硬膜動静脈瘻が進行し、脳静脈逆流が生じることで破裂することがあります。脳出血を引き起こし、突然の意識障害深刻な神経学的後遺症が現れる可能性があります。この場合、緊急の治療が必要となります。

上記のような症状が現れた場合は、脳神経外科を受診しましょう。

2. 海綿静脈洞周囲に発生する硬膜動静脈瘻

眼球突出や視覚障害

硬膜動静脈瘻が海綿静脈洞周囲で形成される場合、眼球周囲の血管が圧迫され、眼球突出結膜充血が起こることがあります。また、視神経に圧力がかかると、視力低下や視野欠損、複視などの視覚障害が見られることがあります。

眼痛や頭痛

眼の静脈が影響を受けると、眼圧が上昇し、眼痛頭痛が生じることがあります。この部位における硬膜動静脈瘻は、眼周囲の不快感や視覚の歪みを伴うことが多く、見た目にも明らかな変化が現れることが特徴です。

3. 脊髄硬膜動静脈瘻

下肢のしびれや筋力低下

脊髄に硬膜動静脈瘻が形成されると、脊髄静脈圧が上昇し、下肢のしびれ筋力低下歩行困難といった症状が徐々に進行することがあります。最初は軽微な症状であっても、治療が遅れると永久的な麻痺に至ることがあります。

膀胱や腸の機能障害

脊髄の下部が影響を受けると、膀胱や腸の機能が障害され、尿失禁排便困難が生じることがあります。これらの症状は、患者さんの日常生活に大きな影響を与えます。

これらの症状は発生部位や進行速度によって多様であり、診断が遅れると重篤な後遺症を伴うことがあります。硬膜動静脈瘻は、早期発見が治療の鍵となるため、症状が現れた場合には迅速に専門医の診断を受けることが重要です。

硬膜動静脈瘻の検査・診断

硬膜動静脈瘻の診断には、様々な画像診断技術が用いられます。以下はその代表的な検査です。

磁気共鳴画像(MRI)

脳や脊髄の詳細な構造を描写するために使用され、静脈の拡張や脳出血の有無を確認できます。

磁気共鳴血管造影(MRA)

MRI検査の撮影方法の一つですが、より血管の評価に特化した方法です。血管の異常なシャントの位置や程度を視覚化するために、造影剤を使用しないMRAが選ばれることがあります。治療後の評価や経過観察に用いられる場合もあります。

CT血管造影(CTA)

X線を利用して、血管内の動静脈シャントの詳細な情報を得るために行います。緊急の場合や出血が疑われる場合に有効です。

血管造影

最も精密な血管検査法で、足の付け根(鼠径部)や右の肘や手首の血管からカテーテルを血管内に挿入して検査します。脳の太い主要な血管をそれぞれカテーテルで選び、造影剤を直接血管内に注入します。CTやMRIよりもさらに詳細に細い血管まで観察できます。これによりリアルタイムで動静脈瘻の位置や血流を評価が可能になります。手術の計画にも用いられます。

硬膜動静脈瘻の治療

硬膜動静脈瘻の治療は、症状の進行やシャントの危険性に応じて行われます。軽症例では経過観察が選択される場合もあります。症状が重症な場合や症状が変化なくてもシャントの血流が変化する場合は、積極的な治療が推奨されます。適切な治療を受けることで、症状の改善や進行を防ぐことができます。

血管内治療

体に大きな傷をつけずに行える低侵襲(体への負担が少ない)な治療です。カテーテルと呼ばれる細い管を足の付け根から血管内に挿入し、異常な血流が発生している部位まで導きます。そこでコイルや接着剤のような塞栓物質を用いて、動脈と静脈をつなぐ異常なシャントを閉鎖します。個々人のシャントの状態により、静脈側から閉鎖したり、動脈側から閉鎖したりします。また、両者を組み合わせることもあります。

外科手術

シャントを直接外科的に閉鎖する方法です。特にシャント部に安全に到達できる場合には有効です。手術中に、シャント部(異常な通路)を安全に確認し、結紮(縛って閉じる)または切除することで、血流を正常に戻します。大事な動脈が近いなど血管内治療が困難な場合に用いられることが多いです。

放射線治療

病変部に集中的に放射線を照射し、異常な血管を数年かけて徐々に閉鎖する治療法です。症状の進行が緩やかな場合や、血管内治療や外科手術がリスクの高い患者さんに適用されることがあります。この治療は頭部に傷をつけることなく、異常な血管を徐々に閉鎖していく効果があります。放射線治療の方法は様々なものがあり、ガンマナイフやサイバーナイフ、近年ではリニアックを用いることもあります。

硬膜動静脈瘻はできる部位や血管の状態などによって個別性が高い疾患です。場合によってはこれらを組み合わせることもあります。いずれの治療法でも、治療後の経過観察が重要です。治療の後は定期的な画像診断や検査を行い、再発や他の合併症がないか確認します。多くの場合、治療後の生活に大きな制限はありませんが、体調に応じて無理のない範囲で日常生活を再開していただけます。

硬膜動静脈瘻になりやすい人・予防の方法

硬膜動静脈瘻のリスク要因として、年齢頭部外傷外科手術の既往が挙げられます。特に、高齢者脳卒中などの血管疾患を持つ患者さんは、リスクが高いとされています。また、若年者でも頭部外傷や、血管の異常を抱えている場合には発症のリスクが増加します。硬膜動静脈瘻の発生を完全に防ぐ方法は確立されていませんが、頭部外傷がリスク要因の一つであるため、コンタクトスポーツをする際の保護具の装着や、交通事故などの外傷を避けるとよいでしょう。


関連する病気

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  • 頭部外傷
  • 静脈洞閉塞症
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