監修医師:
林 良典(医師)
目次 -INDEX-
本態性振戦の概要
本態性振戦(ほんたいせいしんせん)は、最も一般的な振戦(手や体が震える状態)の一つです。「本態性」という名称は、震え以外の異常がなく、明らかな原因がないことを指します。つまり、他の神経学的異常がみられない中で、手や身体が震える症状が見られる状態です。
本態性振戦は、日常生活に支障をきたすことが多く、特に食事や字を書く動作が難しくなる場合があります。姿勢保持時や運動時に振戦が現れるのが特徴で、高齢者に多くみられます。40歳以上の人口では4%、65歳以上では5〜14%以上が発症しているとの報告がありますが、若年層にも発症し、家族歴があるケースも少なくありません。振戦は徐々に進行し、初期には片側の手に限られることが多いものの、次第に両手や頭、声など他の部位にも広がる傾向があります。症状が進行すると精神的ストレスが増し、生活の質(QOL)の低下が問題となります。
本態性振戦の原因
本態性振戦の原因は完全には解明されていませんが、遺伝的要因の関与が強く示唆されています。LINGO1遺伝子との関連が指摘され、小脳のプルキンエ細胞変性や神経伝達物質GABA機能の低下が振戦発生に関与している可能性があると考えられています。ただし、正確なメカニズムは未解明です。
本態性振戦の前兆や初期症状について
初期段階では、手の軽い振えとして症状が現れることが多く、疲労や緊張、ストレスなどで悪化します。振戦は徐々に持続的となり、進行すると頭部や声にも影響が及ぶことがあります。
主要な症状
手の振え
最も一般的。姿勢保持時や動作中(コップを持つ、字を書くなど)に顕著。
頭部振戦
「はい」「いいえ」を示すような頭の動きがみられる。
声の振え
喉や声帯への影響で、声が震えることがあります。
足・顎の振戦
約15%の患者でみられます。
悪化因子
- 精神的ストレス
- 疲労
- アルコール(短期的には軽減するが、効果消失後に悪化する可能性あり)
本態性振戦が疑われる場合は神経内科を受診し、他の疾患(パーキンソン病や甲状腺機能亢進症など)との鑑別が重要です。
本態性振戦の検査・診断
診断は臨床評価が中心で、病歴や振戦の特徴(家族歴、アルコールで軽減するかなど)が診断の手がかりとなります。Deuschlらの診断基準では、持続的な両側性の手・前腕振戦が5年以上続き、他の神経学的異常がない場合を「確実な本態性振戦」と定義しています。
他の疾患との鑑別のため、血液検査や画像検査が行われることもありますが、本態性振戦では明確な異常は認められないのが一般的です。
本態性振戦の治療
根治的な治療法はありませんが、症状軽減を目的とした薬物療法や外科療法が行われます。
薬物療法
β遮断薬
プロプラノロールやアロチノロールが広く使用され、心拍数や血圧を下げつつ振戦を軽減します。
抗てんかん薬
プリミドンやガバペンチンなどが用いられ、特に重度の振戦に対して有効です。
外科治療
脳深部刺激療法(DBS)
視床に電極を埋め込み、神経活動を抑制して振戦を軽減します。
経頭蓋MRガイド集束超音波療法(MRgFUS)
非侵襲的に超音波で振戦源を凝固し、振戦を軽減します。
ボツリヌス毒素注射療法
筋肉の収縮を抑えるボツリヌス毒素を注射し、手や頭部の振戦を軽減します。
本態性振戦になりやすい人・予防の方法
本態性振戦になりやすい人
高齢者
加齢とともに発症率が上昇します。
家族歴がある場合
遺伝的要因が強く関連するため、若年での発症リスクが高まります。
予防の方法
ストレス管理
緊張や精神的ストレスは振戦悪化の要因となるため、リラクゼーションやストレス軽減策が有効です。
アルコール摂取の慎重化
短期的軽減はあるものの、長期リスクを考慮し過度の摂取は避けます。
生活習慣改善
バランスの取れた食事、十分な睡眠、適度な運動で全身の健康を維持します。
本態性振戦は加齢や遺伝的要因が関与し、慢性的に進行することが多い疾患です。早期診断と適切な治療(薬物療法、外科治療など)により、振戦を軽減し、生活の質を向上させることが期待できます。
参考文献
- Haubenberger D, Hallett M. Essential Tremor. N Engl J Med. 2018 May 10;378(19):1802-1810.
- 中村 雄作, 標準的神経治療:本態性振戦, 神経治療学, 2011, 28 巻, 3 号, p. 297-325
- 中村 雄作, 本態性振戦の診断と治療, 神経治療学, 2017, 34 巻, 4 号, p. 364-367