

監修医師:
高宮 新之介(医師)
目次 -INDEX-
食道損傷の概要
食道損傷(しょくどうそんしょう)とは、食道が何らかの原因で傷つくことを指します。食道損傷は、嚥下時の痛みや不快感、違和感程度の症状ですむ軽度のものから、生命を脅かす重度のものまでさまざまです。食道の損傷は、事故やけが、化学物質、異物の誤飲、医療処置など、さまざまな要因によって引き起こされます。
食道の構造と役割
食道(しょくどう) は、口から飲み込んだ食べ物や飲み物を胃へ運ぶための消化管の一部です。食道の内壁は粘膜で覆われており、食べ物がスムーズに通過できるようになっています。さらに、食道の筋肉が収縮と弛緩を繰り返す蠕動運動(ぜんどううんどう)を行うことで、食べ物を胃へ押し流します。
食道の役割 は単に食べ物を胃に送ることだけではなく、逆流を防ぐ機能も持っています。胃と食道の境目には 下部食道括約筋(かぶしょくどうかつやくきん)という筋肉があり、これが適切に働くことで胃酸の逆流を防ぎます。
食道損傷の原因
食道損傷にはさまざまな原因があり、以下のようなものが挙げられます。
異物の誤飲
硬いもの(魚の骨、鶏の骨、ピンなど)や大きな塊の食べ物(パン、肉など)、鋭利な異物(薬の包装、針、画鋲など)を誤って飲み込むと、食道が傷つくことがあります。特に子どもや高齢者に多い原因です。
酸やアルカリ性の化学物質の摂取
洗剤や漂白剤などの強酸性・強アルカリ性の化学物質、刺激性の化学物質を誤飲すると、食道の粘膜が広範囲に損傷を受けます。重度の炎症や、壊死(えし)といって組織の細胞が死んでしまうことがあります。
医療処置による損傷
内視鏡検査や気管挿管(呼吸補助のための管の挿入)などの医療行為が原因で食道が傷つくことがあります。これは医原性損傷(いげんせいそんしょう)と呼ばれます。
外傷(事故・暴力)
交通事故や外部からの強い圧力(胸部への強打など)によって、食道内の圧が高まることで食道が損傷することがあります。まれに、外部から鋭利なもので刺されることによる損傷もあります。
嘔吐による自己損傷
激しい嘔吐や強い咳、排便時の過度の力み、分娩(ぶんべん)時の腹圧上昇を繰り返すことで、食道の粘膜がただれたり、破れて出血することがあります。特に、飲酒後の嘔吐や、摂食障害(せっしょくしょうがい)のある方に起こりやすいとされています。
なかでもマロリー・ワイス症候群は有名で、食道と胃の境目の粘膜が裂けて出血する病気です。激しい嘔吐や吐き気が原因で起こり、上部消化管出血の原因の約5%を占めています。
食道損傷の前兆や初期症状について
食道損傷は、放置すると、食道の狭窄(食道が細くなる)が起こり、長期的な嚥下障害(えんげしょうがい)の原因となることがあります。
また、重度の損傷では、食道穿孔(しょくどうせんこう)といって、食道の壁に穴が開き、内容物が胸腔などに漏れる重篤な状態を引き起こすことがあります。食道穿孔を起こした場合には、肺の周囲の膜に炎症が起こる胸膜炎(きょうまくえん)や、感染が全身に広がる危険な状態である敗血症(はいけつしょう)に進行することがあり、生命を脅かす状態になる可能性があります。
食道損傷の前兆や初期症状は、損傷の原因・要因や程度によってことなりますが、以下のようなものがあります。
喉や胸・背中の痛み
食道の損傷部位に沿って、またはその周辺に痛みが現れます。食道の粘膜や筋層が傷つくことで炎症が起こり、神経が刺激されるためです。
食欲低下
食道の腫れや出血があると、食道を通過する際に痛みが発生します。そのため、食欲がなくなったり、食事をするのが億劫になることがあります。
吐血
食道の損傷が深く出血している場合は、嘔吐(おうと)したときに嘔吐物に血液が混じっていることがあります。これを吐血(とけつ)と呼びます。
黒い便
食道の損傷が深く出血している場合は、摂取した食べ物と血液が混じることで、黒色の便が見られることがあります。黒色になる理由は、排便までの間に血液が変色するためです。
発熱や感染症の兆候
損傷した部位で細菌感染を起こしたり、破裂した場合は周囲の組織に細菌感染を起こしたりすることで炎症が起こり、発熱や全身のだるさなどが現れます。
呼吸困難
食道の損傷が周囲の組織に影響すると、気道が圧迫されることがあり、その結果として呼吸がしづらくなることがあります。
診療科について
食道損傷を疑う状況の場合は、消化器内科や消化器外科で治療を受ける必要があります。重度の損傷を起こした場合には、ショック状態で意識がなくなることがあるため、救急車で運ばれることもあります。原因や全身の状態によって必要な治療が異なるため、軽度であれば消化器科のクリニックで対応が可能な場合があります。重度であれば内視鏡治療や手術を受けられる消化器科のある病院が望ましいでしょう。
食道損傷の検査・診断
食道損傷の診断には、以下のような検査方法が用いられます。
問診と身体診察
症状や摂取した物質(異物・薬品など)を詳しく確認し、損傷の原因を特定します。
画像診断
これらの検査は、食道損傷の正確な位置、程度、そして周囲の組織への影響を把握するために行われます。特に、食道が完全に破裂している場合は緊急手術が必要になる可能性が高いです。そのため、検査によって正確な情報を得ることが重要です。
胸部レントゲン
組織内に空気が溜まった状態である気腫(きしゅ)や、胸腔内(きょうくうない)に液体が溜まった状態である胸水(きょうすい)の有無や程度を確認します。
CT検査
胸部レントゲンと同様に、気腫や胸水の有無や程度を確認することができます。レントゲン検査よりも詳細な情報を得ることができますが、レントゲンと比較すると放射線の被曝量(ひばくりょう)は増えます。
造影剤(ぞうえいざい)を使用することで、出血の有無や部位を確認することができます。
内視鏡検査
内視鏡(ないしきょう)というカメラ付きの管を、口または鼻から食道へ挿入します。カメラで直接内部を観察することができ、損傷の状態によってはその場で治療を行うことも可能な場合があります。
血液検査
炎症や感染の程度、貧血などを調べるために行います。重度の損傷では、炎症や感染の評価指標となる白血球の増加、炎症マーカーの上昇が見られます。出血している場合には、貧血の程度を調べるために重要です。
食道損傷の治療
食道損傷の治療方法は、損傷の原因、経過時間、そして損傷の程度によって異なります。
保存的治療
- 水分や食事の摂取を控える
- 栄養管理(点滴による水分・栄養補給)
- 胃酸を抑える薬(プロトンポンプ阻害薬、H2ブロッカー)で粘膜の回復を促す
- 鉄剤による貧血の改善
内視鏡的治療
異物の除去
損傷の原因となる異物は取り除く必要があります。鋭利なものは特に慎重に取り除く必要があります。
出血の止血処置
出血部位にクリップやステントを用いたり、凝固剤などを散布・注入することで止血を図ります。
外科的手術
食道穿孔がある場合、生命を維持するために手術が必要になる場合があります。重度の狭窄には、風船を使った狭窄部位の拡張術や食道再建術が行われることがあります。
食道損傷になりやすい人・予防の方法
食道損傷になりやすい方と、その予防方法は以下のとおりです。
食道損傷のリスクが高い方
- 生まれつき食道の壁が弱い方
- 過去に食道の病気にかかったことがある方
- 慢性的な胃食道逆流症(いしょくどうぎゃくりゅうしょう)の方
- アルコールを多飲者される方
- 食道裂孔ヘルニアを持つ方
- 子どもや認知機能低下のある高齢者
これらの人々がリスクが高い理由は、食道の構造的な脆弱性(ぜいじゃくせい)や、食道に慢性的なダメージを与える状態にあるためです。また、子どもや認知機能低下のある高齢者は、誤飲するリスクが高い場合があるため、食道損傷のリスクが高いと言われています。
予防策
- 適度な食事量を心がけ、過食を避ける
- アルコールの過剰摂取を控える
- 鋭利な物体や大きすぎる物を飲み込まない
- 胃食道逆流症の適切な管理(生活習慣の改善、必要に応じて薬物療法)
- 定期的な健康診断
- 生活環境を整える
予防のポイントは、食道に不必要な負担をかけないこと、そして食道の健康を維持することです。バランスの取れた食生活、適度な運動、ストレス管理なども、間接的に食道の健康維持に寄与します。小さな子どもや高齢者が異物を誤飲しないように生活環境を整えることも重要です。
関連する病気
- 食道裂傷
- 食道炎
- 食道癌
- 薬剤性食道障害
- 食道静脈瘤破裂
- 食道穿孔
- 食道気管支瘻
- 胃食道逆流症
参考文献