

監修医師:
井林雄太(井林眼科・内科クリニック/福岡ハートネット病院)
目次 -INDEX-
蛋白漏出性胃腸症の概要
蛋白漏出性胃腸症は、血漿蛋白、特にアルブミンが消化管から異常に漏れ出ることで低蛋白血症を主徴とする症候群です。この疾患は、さまざまな原因によって引き起こされ、その症状、診断、治療法は多岐にわたります。
蛋白漏出性胃腸症の原因
腸から血液中の蛋白が異常に漏れ出す病気で、原因はさまざまです。大きく分けると、原発性(病気そのものが原因)と続発性(ほかの病気に伴うもの)があります。それぞれの原因を簡単に説明します。
1. 原発性の原因
リンパ管の異常
腸のリンパ管がうまく発達しない、または閉塞してしまうことで起こります。この状態では、腸の中のリンパ管が拡張してしまい、そこから蛋白が漏れ出します。
2. 続発性の原因
ほかの病気が原因となって起こる場合です。
(1) 心臓の病気
心臓がうまく機能しないと腸の血流が滞り、腸の粘膜がうっ血して蛋白が漏れることがあります。
例:
- 右心不全
- 収縮性心外膜炎
- Fontan手術後(心臓の手術)
(2) 消化管の炎症や腫瘍
腸や胃に炎症や腫瘍があると、粘膜が傷つき蛋白が漏れやすくなります。
例:
- 炎症性腸疾患(クローン病、潰瘍性大腸炎)
- 胃癌、大腸癌
- 悪性リンパ腫
(3) 膠原病
膠原病は全身の血管や組織に炎症を引き起こし、血管が漏れやすくなることがあります。
例:
- 全身性エリテマトーデス(SLE)
- 全身性進行性硬化症
- Sjögren症候群
(4) その他の病気
ほかにも以下の病気が原因になることがあります。
- アミロイドーシス(タンパクが異常に蓄積する病気)
- 腸結核
- 後腹膜線維症
- Budd-Chiari症候群(肝臓の血流障害)
- 低ガンマグロブリン血症(免疫力が低下する病気)
3. その他の要因
H. pylori感染
胃の細菌感染が原因となる場合があり、除菌治療で改善することがあります。
アレルギー性胃腸症
食物アレルギーが原因になることがあります。
手術後の合併症
消化管の手術後に、吸収がうまくいかず蛋白が漏れることがあります。
蛋白漏出性胃腸症の前兆や初期症状について
蛋白漏出性胃腸症は、腸から血液中の蛋白が異常に漏れ出す病気で、浮腫(むくみ)や消化器症状などが初期に現れることが多いです。ただし、症状が軽いため見逃されやすいことがあります。以下に、分かりやすく説明します。
1. 浮腫(むくみ)
顔や足のむくみが多い
特に下肢(足)のむくみや顔のむくみが初期症状としてよく見られます。
むくみの現れ方
初めは一時的なことが多いですが、時間が経つと持続するようになります。
重症化した場合
胸水(胸に水がたまる)や腹水(お腹に水がたまる)を伴うこともあります。
2. 消化器症状
慢性的な下痢
下痢が続くことがあり、脂っぽい便(脂肪便)を伴う場合もあります。
その他の消化器症状
お腹が張る感じ(腹部膨満感)、腹痛、吐き気、嘔吐、食欲不振などが見られることがあります。
小児の場合
子どもでは、成人よりも下痢が目立つことがあります。
3. その他の症状
体のだるさや体重減少
倦怠感(だるさ)や無気力感、体重が減るといった全身症状が現れることがあります。
貧血
血液中の鉄分が不足して貧血になることがあります。
低カルシウム血症
カルシウムが不足して、手足がけいれんする「テタニー症状」が出ることもあります。
皮膚や神経の症状
手足のしびれ(末梢神経障害)、皮膚の荒れ、口の両端が切れる口角炎などが見られる場合もあります。
成長障害
小児では、成長が遅れることもあります。
これらの症状が現れた際は消化器内科を受診していただきます。
蛋白漏出性胃腸症の検査・診断
蛋白漏出性胃腸症は、腸から血液中の蛋白が漏れ出す病気で、早期発見と適切な治療が重要です。そのためには、さまざまな検査を組み合わせて診断を行います。以下に、検査方法と診断の流れをわかりやすく説明します。
1. 血液検査
低蛋白血症
血液中の蛋白(特にアルブミン)が低下していることが特徴的です。血清アルブミン値が6.0 g/dL以下や、総コレステロール値が120 mg/dL以下だと、栄養状態が悪化している可能性があります。
免疫の低下
血液中の免疫蛋白(ガンマグロブリンやIgG)が減少することがあります。
栄養指標の低下
血清鉄やほかの栄養状態の指標が低下している場合があります。
2. 便中蛋白の検査(α1-アンチトリプシン試験)
蛋白漏出の直接的な評価
腸からの蛋白漏出を調べるための最も重要な検査です。
方法
特殊な蛋白(α1-アンチトリプシン)が便中にどれだけ含まれているかを測定します。
正常値を超える場合、蛋白が腸から漏れ出していることを示します。
注意点
この検査は腸の状態を正確に評価できますが、胃からの漏出を調べる際には胃酸の影響を防ぐため、薬を使って胃酸を抑える必要があります。
3. シンチグラフィー(画像検査)
目的
腸のどの部分で蛋白が漏れているかを特定するための検査です。
方法
特殊な物質を体内に注入し、腸からの漏出を画像で確認します。
注意点
放射線を使用するため被曝のリスクがあり、定量的な評価が難しい場合があります。
4. 内視鏡検査
直接観察
消化管を直接観察して、腸の異常やリンパ管の拡張がないかを確認します。
特徴的な所見
粘膜に白い点や白っぽい絨毛(じゅうもう)が見られる場合があります。
一部の疾患では特徴的な粘膜の変化が見られます。
小腸全体の観察
カプセル内視鏡やダブルバルーン内視鏡を使って小腸全体を調べることもあります。
5. その他の検査
病理組織検査
内視鏡で採取した組織を詳しく調べ、腸のリンパ管が拡張しているか確認します。
画像検査
X線やCT、MRIを使って腸の状態や関連する臓器を調べます。
6. 診断の流れ
症状の確認
むくみ、下痢、体重減少などの症状があるかを確認します。
血液検査
低アルブミン血症や免疫低下があるかを確認します。
便中蛋白検査(α1-アンチトリプシン試験)
腸からの蛋白漏出を直接評価します。
画像検査や内視鏡検査
漏出部位を特定し、腸の状態を詳しく調べます。
ほかの疾患を除外
肝疾患やネフローゼ症候群など、似た症状を引き起こす病気を除外します。
蛋白漏出性胃腸症の治療
蛋白漏出性胃腸症は、腸から血液中の蛋白が漏れ出すことで起こる病気です。その治療は、症状の緩和と原因疾患の治療を目指し、栄養療法や薬物療法、必要に応じて外科的治療が行われます。以下に、治療方法をわかりやすく説明します。
1. 栄養療法
食事の見直しが治療の基本です。
高蛋白・低脂肪食
脂肪摂取を減らし、リンパ管の負担を軽減します。また、蛋白質を多く摂ることで低蛋白血症を補います。
- 低脂肪食の目安: 1日15~30g程度。
- 高蛋白食の目安: 標準体重1kgあたり1.5g/日。
- 高カロリー食の目安: 1日40~50kcal/標準体重1kg。
中鎖脂肪酸(MCT)
MCTオイルやMCTパウダーは、通常の脂肪と異なり、リンパ管を通らず直接吸収されるため、負担を軽減できます。
経腸栄養剤
食事が困難な場合に利用します。患者さんの状態に合わせて、消化しやすい栄養剤が選ばれます。
静脈栄養(TPN)
腸を休ませる必要がある場合や、腸が十分に機能していない場合に選択されます。ただし、腸管免疫が低下するため、最小限に抑え早期に経腸栄養へ移行します。
2. 薬物療法
症状を緩和し、原因疾患を治療するために以下の薬が使用されます。
利尿薬
浮腫や腹水を軽減します。
止痢薬・抗コリン薬
下痢や腹痛を和らげます。
アルブミン製剤
点滴で低蛋白血症を補います。
ステロイド
炎症を抑える効果があり、炎症性腸疾患やアレルギー性疾患に有効です。
オクトレオチド
腸リンパ管拡張症などでリンパ液の漏れを減少させる効果が期待されます。
ビタミンやミネラル補充
必要に応じてカルシウム、鉄、ビタミンB12、脂溶性ビタミンなどを補います。
3. 外科的治療
原因が特定され、局所治療が可能な場合には手術が検討されます。
腸のリンパ管拡張症
リンパ管静脈吻合術などでリンパ液の流れを改善します。
収縮性心外膜炎
心膜剥離術が有効です。
Fontan手術後の症例
心房開窓術で静脈圧を低下させ、症状を改善します。
4. その他の治療
H. pylori感染
感染が原因の場合には除菌治療を行います。
ヘパリン療法
Fontan手術後の蛋白漏出性胃腸症に対して有効なことがあります。
蛋白漏出性胃腸症になりやすい人・予防の方法
蛋白漏出性胃腸症は、特定の人だけが発症するわけではありません。さまざまな基礎疾患や身体の状態が関係して起こる病気です。そのため、予防よりも、早期発見と適切な治療が重要です。
参考文献
- 厚生労働科学研究費補助金難治性疾患等克服研究事業(難 治性疾患克服研究事業「)腸管希少難病群の疫学,病態,診 断,治療の相同性と相違性から見た包括的研究」日比班, 2014
- 高橋恒男:新消化器病学,医学書院,東京,p495,1984