

監修医師:
林 良典(医師)
慢性下痢の概要
慢性下痢とは、4週間以上続く軟便あるいは水様便を指し、急性下痢とは異なる病態を示します。
この疾患は、消化管の機能や構造に異常が生じることで引き起こされ、長期的な症状が見られる点が特徴です。具体的には、大腸や小腸が主な影響を受ける部位であり、吸収不良や腸内フローラ(腸内細菌叢)の異常、または炎症性腸疾患などが背景にあることが多く、原因によって症状の現れ方も異なります。一般的な症状としては、水様便や頻繁な排便、便意のコントロールが難しくなる状態が続くことが挙げられます。
日本国内では、慢性下痢の発生頻度は成人の数%とされ、特に高齢者や消化器系疾患の既往がある人で発症リスクが高いとされています。性別による発症率の差も報告され、男性に多い傾向が見られます。一方、原因が特定できない機能性下痢の場合もあります。慢性下痢は日常生活に多大な影響を及ぼし、栄養吸収障害により体重減少や疲労感、免疫力低下などを引き起こすこともあります。そのため、症状が続く場合には、早期の診断と適切な治療が必要とされています。
慢性下痢の原因
慢性下痢の原因は多岐にわたり、主に感染性要因、非感染性要因、薬剤性、そして腸内フローラの異常が考えられます。
感染性要因としては、慢性的な細菌感染や寄生虫感染が挙げられます。例えば、結核菌が腸管に感染する「腸結核」や、クリプトスポリジウムなどの寄生虫は慢性的な下痢を引き起こすことがあります。また、発展途上国での生活や衛生環境が不十分な場所での滞在が原因となり、消化管感染症が引き金になるケースもあります。
非感染性の原因には、炎症性腸疾患(クローン病や潰瘍性大腸炎)があり、これらの疾患は腸内の慢性的な炎症が続くため、下痢が長期間にわたり繰り返されることが特徴です。また、過敏性腸症候群(IBS)は、腸の運動や感覚の異常により慢性下痢を引き起こし、特にストレスや食生活の変化が関与しています。
また、薬剤も慢性下痢の原因となり得ます。特に抗生物質や胃腸薬の長期使用は、腸内の善玉菌と悪玉菌のバランスを崩し、下痢症状を誘発します。抗がん剤や免疫抑制剤も腸粘膜への影響を与えるため、慢性下痢の一因になることがあります。さらに、腸内フローラの異常が慢性下痢に関与しているとされ、腸内の有害菌の増殖や善玉菌の減少が原因で腸管のバリア機能が低下し、下痢が持続することがあります。
慢性下痢の前兆や初期症状について
慢性下痢の前兆や初期症状には、持続的な水様便や軟便、頻回の便意、腹痛、腹鳴(腸の動きによる腹部の音)などが挙げられます。これらの症状は一般的に1か月以上続くことが多く、生活の質に大きな影響を及ぼします。特に、食後すぐに下痢を起こす場合や夜間に下痢が頻発する場合は、体力の低下や脱水症状のリスクも高まるため注意が必要です。また、便秘と下痢を繰り返す場合や、下痢に伴って血便や粘液便がみられる場合には、ほかの疾患が原因である可能性があるため、慎重な診断が求められます。
受診すべき診療科は、まず消化器内科が適しています。慢性下痢の原因として、IBSや炎症性腸疾患(クローン病、潰瘍性大腸炎)など、消化器疾患が関与することが多いためです。また、感染性の原因が疑われる場合には感染症内科、内分泌異常や甲状腺機能亢進症などが疑われる場合には内分泌科の受診も考慮されます。
慢性下痢の検査・診断
慢性下痢の診断にあたっては、患者さんの詳細な病歴と症状の確認が初めのステップとなります。そのうえで、原因を特定するためにいくつかの検査が行われます。まず、血液検査では炎症の有無を確認し、白血球やCRP(C反応性タンパク)値の上昇が見られれば感染性の下痢や炎症性腸疾患(IBD)などが疑われます。また、貧血の有無を確認し、栄養状態や吸収不良のサインとなる電解質バランスの異常も調べます。
次に、便検査では感染の有無や、脂肪便が確認されることで吸収不良症候群の可能性が示唆されます。また、便中に赤血球や白血球が検出されることは、腸粘膜の炎症や感染を示唆する所見です。さらに、便培養や便の虫卵検査により細菌や寄生虫などの感染原因を特定することも行われます。
画像診断としては、CTやMRI検査が用いられ、特に小腸や大腸の構造的異常を確認します。炎症性腸疾患が疑われる場合には内視鏡検査が推奨され、内視鏡で腸粘膜を直接観察し、必要に応じて組織を採取(生検)します。生検は腸内の病変の特徴を詳しく調べるために重要です。
慢性下痢の治療
慢性下痢の治療は、その原因に応じたアプローチが求められます。まず、感染症が原因であれば抗生物質や抗寄生虫薬を使用します。例えば、細菌性腸炎では一般的にマクロライド系やフルオロキノロン系の抗生物質が処方されることが多く、これにより病原菌の増殖を抑えることができます。ただし、過度の抗生物質の使用は腸内フローラを乱し、下痢を悪化させるリスクもあるため、慎重な投与が必要です。
吸収不良が原因の場合は、消化酵素の補充や、ビタミン・ミネラルの補充を行います。たとえば、膵臓の酵素分泌が不足している慢性膵炎などでは、消化酵素の補充療法が効果的です。また、脂肪吸収不良がある場合には中鎖脂肪酸を多く含む食事を指導するなど、栄養指導も併せて行われます。
IBDの場合、免疫抑制剤や生物学的製剤を使用し、免疫反応を抑えることで腸の炎症をコントロールします。具体的には、アザチオプリンや6-メルカプトプリンといった免疫抑制剤、またはTNF-α阻害薬(インフリキシマブなど)などが使用され、免疫系の過剰な反応を抑えることで炎症を軽減します。
IBSが原因の場合には、抗コリン薬や抗うつ薬が使用されることがあります。抗コリン薬は腸の平滑筋を弛緩させることで、便の通過速度を遅らせ下痢を軽減する効果があります。また、低用量の抗うつ薬は腸と脳の関係(腸脳相関)に作用し、下痢や痛みを緩和する作用が期待されます。
内科的治療だけではなく、腸管の腫瘍などが慢性下痢の原因となっている場合は、手術が行われます。
慢性下痢になりやすい人・予防の方法
慢性下痢は特定のリスク因子を持つ人に発生しやすいです。まず、IBSやIBDを抱える人は慢性下痢のリスクが高い傾向があります。これらの疾患は腸の機能や免疫応答に影響を与えるため、慢性的な下痢が生じることが多くなります。
また、免疫力が低下している人、特に高齢者や基礎疾患を持つ人も感染性の慢性下痢を発症しやすいとされています。免疫力が低いと、通常は問題とならない程度の病原菌やウイルスにも感染しやすく、慢性的な腸炎や下痢が引き起こされることがあります。
一方、食生活も重要な要因です。特に、高脂肪食や低食物繊維の食事を続けると腸内環境が悪化し、慢性下痢を引き起こすリスクが高まります。また、アルコールの過剰摂取や過度のカフェイン摂取も腸に刺激を与え、慢性下痢の要因となることが知られています。そのため、バランスの取れた食生活が予防の基本となります。
予防方法としては、まず腸内環境を整えることが推奨されます。プロバイオティクス(乳酸菌やビフィズス菌を含む食品やサプリメント)を日常的に摂取することで、腸内フローラのバランスを保ち、消化機能をサポートすることができます。また、適度な運動は腸の蠕動運動を促進し、便通のリズムを整える効果があるため、生活習慣に取り入れると良いでしょう。
さらに、ストレス管理も重要です。慢性下痢には腸と脳の相関(腸脳相関)が影響を与えることがあり、過度のストレスは腸の機能を乱す原因になります。深呼吸、リラクゼーション法を取り入れ、ストレスを軽減することが慢性下痢の予防に有効とされています。
関連する病気
- 過敏性腸症候群 (IBS)
- クローン病
参考文献