監修医師:
林 良典(医師)
バレット食道の概要
バレット食道は、下部食道の粘膜が通常の扁平上皮から胃の粘膜に似た円柱上皮に置き換わる状態を指します。
この状態は主に慢性的な胃酸逆流が原因で発生し、食道の下部に多くみられます。
通常、食道の粘膜は扁平上皮細胞で覆われていますが、胃酸逆流が長期間続くことで、これらの細胞が胃の粘膜に似た円柱上皮細胞へと変化します。
バレット食道は前癌状態とされており、適切な治療を行わないと食道腺癌に進行するリスクがあります。
具体的には、バレット食道がある人は、健常者に比べて30〜60倍のリスクを持ち、約0.5%/年の割合で食道腺癌が発生するとされています。
近年、日本でも逆流性食道炎や胃食道逆流症(gastro – esophageal reflux disease:GERD)の症状を持つ患者が増えています。
この背景には、食生活の欧米化や肥満の増加、ヘリコバクター・ピロリ感染率の自然な低下や除菌治療の普及など、社会的な変化があります。
これに伴い、今後食道腺癌が増加することが懸念されています。
バレット食道という名称は、イギリスの胸部外科医であるノーマン・バレットに由来します。
彼は1950年に、下部食道が円柱上皮で覆われた症例を初めて報告しました。
この発見が、バレット食道という名称の由来となっています。
バレット食道の原因
バレット食道の主な原因は、胃酸の逆流です。
胃酸が食道に逆流することによって、食道の粘膜が慢性的に刺激され、時間が経つにつれて胃の粘膜に似た組織に変化していきます。
胃食道逆流症(GERD)
長期間のGERDは、バレット食道の主要なリスク要因です。
食道裂孔ヘルニア
食道裂孔ヘルニアとは、胃の一部が横隔膜の食道を通る部分から胸の中に押し出される状態を指します。
肥満
体重過多は腹部への圧力を増大させ、胃酸の逆流を引き起こしやすくします。特に内臓脂肪が多い場合、食道への圧力が高まりやすくなります。
喫煙
喫煙は食道の下部括約筋を緩め、また胃酸の分泌も増加させるため、胃酸の逆流が起こりやすくなります。
飲酒
アルコールの過剰摂取は胃酸の逆流を引き起こしやすくします。特に、ビールやシャンパンなどの炭酸を含む飲み物は、胃酸の逆流を助長します。
食生活
高脂肪食や辛い食べ物、カフェインの過剰摂取も影響を与えることがあります。これらの食品は胃酸の分泌を増加させ、逆流のリスクを高めます。
バレット食道の前兆や初期症状について
バレット食道の前兆や初期症状として、胃酸が逆流することによる症状が挙げられます。
胸やけ
最も典型的な症状で、胸骨の後ろに焼けるような感覚が生じます。
呑酸
酸っぱい液体や胃の内容物が口に戻る不快感があります。
嚥下障害
食べ物や飲み物が飲み込みにくく感じます。
慢性的な咳
胃酸が喉や気管に逆流することで咳が出ることがあります。特に夜間に悪化することが多い傾向です。
喉の痛みや嗄声
胃酸により喉や声帯に炎症が起こることで喉の痛みや声のかすれが見られることがあります。
これらの症状が見られる場合、消化器内科を受診し相談しましょう。
バレット食道の検査・診断
バレット食道の診断は、食道胃接合部(EGJ)よりも口側に円柱上皮が存在することで確定します。
診断には、主に上部消化管内視鏡検査が用いられます。
具体的には、食道下部の柵状血管の下端や胃の縦走ひだの口側終末部よりも口側に、白色の扁平上皮と赤色の腸上皮との境界が確認できる場合、バレット食道と診断されます。
バレット粘膜が全周性に3cm以上ある場合は「Long segment Barrett’s esophagus (LSBE)」、それ以下のものは「Short segment Barrett’s esophagus (SSBE)」と呼びます。
バレット食道は腺癌の発生母地となり、特にLSBEでは発癌リスクが高いとされています。
日本でも食道腺癌の増加が懸念されており、特にLSBEの症例では定期的な経過観察が推奨されます。
また、場合によっては生検により病理学的診断も行われることがあります。
バレット食道の治療
バレット食道の治療は、その進行を抑え、食道腺癌を予防することが目的です。
すべての患者に治療が必要というわけではありませんが、LSBEの患者や自覚症状が強い患者、内視鏡検査でびらんが見られる患者には、治療が検討されます。
治療には、薬物療法、内視鏡的治療、外科的治療の3つの方法があります。
薬物療法
薬物療法には、PPI(プロトンポンプ阻害薬)やP-CAB(カリウムイオン競合型アシッドブロッカー)、H2受容体拮抗薬が使用されます。
これらの薬は胃酸の分泌を抑制し、胃酸逆流による症状を緩和します。
また、食道粘膜を保護し、胃酸によるダメージを軽減することで、バレット食道の進行を抑える効果が期待されます。
内視鏡的治療
高度なバレット食道や前癌病変が見られる場合、以下のような内視鏡治療が行われます。
内視鏡的粘膜切除術(EMR)
異常な粘膜を切除し、がんへの進行を防ぎます。
熱凝固療法(アルゴンプラズマ)やラジオ波焼灼術
熱や電波を使って異常な粘膜を焼灼し、除去します。
これらの内視鏡治療は、早期の異常発見に有効で、侵襲が少ないため、患者への負担が軽減される点で優れています。
外科的治療
薬物療法や内視鏡治療が効果を示さない場合、逆流防止手術が検討されます。
例えば、ニッセン胃底折りたたみ術では、胃の位置を調整して胃酸の逆流を物理的に防ぎ、逆流性食道炎やバレット食道の進行を抑える効果が期待されます。
治療によって一時的に症状が改善しても、癌の進行を完全に抑えることは難しい場合があります。
だからこそ、定期的な内視鏡検査が不可欠です。
たとえ自覚症状がなくなったとしても、検査を続けることで、癌を早期に発見し、迅速かつ適切な治療が可能になります。
バレット食道になりやすい人・予防の方法
バレット食道になりやすい人
慢性的な胃食道逆流症(GERD)
GERDを頻繁に発症している人は、バレット食道のリスクが高くなります。
肥満
特に内臓脂肪が多いと、腹部への圧力が増加し、胃酸逆流のリスクが上がります。
喫煙
喫煙は食道下部の筋肉を緩め、胃酸逆流を引き起こしやすくします。また、喫煙は胃酸の分泌を増加させるため、リスクがさらに高まります。
過度の飲酒
アルコールの過剰摂取は胃酸の分泌を増やすだけでなく、食道の筋肉を緩め、胃酸が逆流しやすくなると言われています。
高脂肪食や辛い食べ物の摂取
これらの食品は胃酸の分泌を増やし、逆流のリスクを高めます。
予防方法
健康的な体重を維持する
適切な食事と運動を心がけ、内臓脂肪を減らし、肥満を防ぎましょう。
禁煙
喫煙は胃酸逆流を引き起こしやすくするため、禁煙が推奨されます。
飲酒の制限
特に炭酸ガスを含むビールやシャンパン、サワーなどは避け、飲みすぎないようにしましょう。
食生活の見直し
高脂肪食や辛い食べ物、カフェインの摂取を控えることで、胃酸の分泌を抑える効果が期待できます。
食後の生活習慣改善
食後すぐに横になるのを避け、就寝前の食事は控えます。食後2〜3時間は横にならないように心がけましょう。
これらの予防方法を実践することで、バレット食道の発症リスクを減らし、胃食道逆流症の管理に役立てることができます。
関連する病気
- 逆流性食道炎(Gastroesophageal Reflux Disease)
- 食道癌(Esophageal Cancer)
- ヘリコバクター・ピロリ感染(Helicobacter pylori Infection)
参考文献