

監修医師:
佐伯 信一朗(医師)
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遺伝性乳がん卵巣がん症候群の概要
遺伝性乳がん・卵巣がん症候群(HBOC)は、遺伝子の変異が関与する疾患です。主にBRCA1およびBRCA2という遺伝子の変異によって発症リスクが高まることが知られています。これらの遺伝子は、本来細胞のDNA修復に関与する腫瘍抑制遺伝子ですが、その機能が損なわれると細胞の増殖が制御できなくなり、がんが発生しやすくなります。特に乳がんや卵巣がんのリスクが著しく上昇することが確認されており、他のがんとも関連があることが報告されています。
HBOCは家族内で遺伝することが特徴であり、血縁者に若年で乳がんや卵巣がんを発症した人がいる場合にはリスクが高まります。遺伝子変異を持つ人のすべてががんを発症するわけではありませんが、適切なリスク管理が求められます。リスクを低減するためには、早期発見のためのスクリーニングや予防的な手術、薬物療法などの選択肢があります。
遺伝性乳がん卵巣がん症候群の原因
HBOCの主な原因は、BRCA1またはBRCA2遺伝子の生殖細胞系列変異です。これらの遺伝子はDNAの損傷を修復する働きを持ち、正常な細胞の増殖や分裂を制御する役割を果たしています。しかし、これらの遺伝子に変異が生じると、細胞の修復機能が低下し、がん化しやすくなります。
BRCA1変異を持つ人は生涯における乳がん発症リスクが50~80%、卵巣がんの発症リスクが30~50%程度とされています。一方、BRCA2変異を持つ人の乳がん発症リスクは40~70%、卵巣がんの発症リスクは10~20%程度と報告されています。また、これらの遺伝子変異は男性にも影響を及ぼし、前立腺がんや膵がんのリスクを高めることが分かっています。
HBOCは優性遺伝形式をとるため、片方の親から変異遺伝子を受け継ぐことで発症リスクが上昇します。家系内に乳がんや卵巣がんの患者が複数いる場合、特に40歳以下で乳がんを発症した血縁者がいる場合には、遺伝子検査の実施が推奨されます。
遺伝性乳がん卵巣がん症候群の前兆や初期症状について
HBOCに関連するがんは早期には自覚症状が少ないことが多いため、定期的な検診が重要です。乳がんの初期症状としては、乳房のしこりや乳頭からの異常分泌、皮膚のくぼみや変色などが挙げられます。卵巣がんの場合、初期の段階では症状がほとんどないことが多いですが、進行すると腹部の膨満感や下腹部痛、食欲不振、頻尿などがみられることがあります。
HBOCでは若年での乳がん発症が特徴的であり、20代や30代で発症するケースも少なくありません。また、両側性の乳がんや、卵巣がんと乳がんの併発が見られることも多いです。男性でも乳がんのリスクが通常より高いため、家族歴がある場合は注意が必要です。
遺伝性乳がん卵巣がん症候群の検査・診断
HBOCの診断には、遺伝子検査が不可欠です。血液または唾液を用いた遺伝子検査により、BRCA1およびBRCA2の変異を特定することができます。検査の結果に基づき、がんの発症リスクを評価し、適切な管理方法を検討します。
遺伝子検査の前には、専門の遺伝カウンセリングを受けることが推奨されます。遺伝子検査の結果によっては、心理的な負担が生じる可能性があるため、検査を受けるメリットとデメリットを理解した上で判断することが重要です。
加えて、乳がんや卵巣がんの早期発見のために、定期的な画像診断が行われます。乳がんの検査としては、マンモグラフィ、超音波検査、MRI検査などが用いられます。卵巣がんのスクリーニングには、経膣超音波検査や腫瘍マーカー(CA125)の測定が活用されます。
遺伝性乳がん卵巣がん症候群の治療
HBOCと診断された場合、リスク低減のための選択肢として、予防的手術、薬物療法、定期的な監視があります。
予防的手術として、乳がんの発症リスクを低減するための両側乳房切除術や、卵巣がんのリスクを下げるための予防的卵巣・卵管切除術が実施されることがあります。これらの手術は、がんの発症リスクを大幅に低下させますが、術後のホルモンバランスの変化や心理的負担を伴うため、慎重な検討が必要です。
薬物療法としては、乳がんの発症リスクを低減するためにタモキシフェンやラロキシフェンといったホルモン療法薬が使用されることがあります。特に閉経後の女性に対しては、アロマターゼ阻害剤が有効であるとされています。
定期的な監視による管理も選択肢の一つです。早期発見のために、年1~2回の画像診断を行い、がんの兆候を見逃さないようにすることが推奨されています。
遺伝性乳がん卵巣がん症候群なりやすい人・予防の方法
HBOCは遺伝性疾患であるため、家族歴のある人は特に注意が必要です。血縁者に乳がんや卵巣がんの患者がいる場合は、早めに遺伝カウンセリングを受け、リスク評価を行うことが望まれます。
定期検診を欠かさず受けることで、がんの早期発見と適切な対応が可能となります。
参考文献
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