監修医師:
佐伯 信一朗(医師)
うっ滞性乳腺炎の概要
うっ滞性乳腺炎は、乳腺管内に母乳が滞留することで乳腺や周辺組織に炎症が発生する疾患です。産褥期の乳房トラブルとして頻繁に見られますが、適切に対処しない場合、感染性乳腺炎や乳腺膿瘍へ進展する可能性があります。日本助産師会のガイドラインや世界保健機関(WHO)の報告によると、産後数日から1週間以内に発症しやすく、特に授乳方法が不適切な場合や母乳の排出が不十分な場合にリスクが高まります。
うっ滞性乳腺炎の原因
うっ滞性乳腺炎の主な原因は、乳腺管内に母乳が滞留することです。この滞留は、授乳の頻度や方法の問題に起因することが多く、例えば乳児が十分な量の母乳を飲み切れない場合や、吸啜が不十分な場合に乳腺管内に乳汁が残ることがあります。また、乳管の閉塞も原因の一つであり、母乳中の脂質が乳管内で沈殿することで閉塞を引き起こすことがあります。さらに、乳頭に裂傷や損傷がある場合には、痛みにより授乳が困難になり、結果として母乳の排出が妨げられることがあります。
うっ滞性乳腺炎の前兆や初期症状について
うっ滞性乳腺炎の初期には以下のような症状が現れることが一般的です。
- 乳房の腫脹:特定の部位に硬結を伴う腫脹が見られます。
- 乳房の圧痛:触れると痛みを感じる箇所が明確に存在します。
- 乳房の熱感と軽度の赤み:炎症による局所的な熱感と発赤が観察されることがあります。
- 乳汁排出の困難:乳児が吸啜しても乳汁の流れが悪く感じることがあります。
発熱やインフルエンザ様症状が現れない場合が多いですが、これらの症状が進行すると感染性乳腺炎や膿瘍形成に移行する可能性があります。
うっ滞性乳腺炎の検査・診断
うっ滞性乳腺炎の診断は、臨床症状と乳房の触診によって行われます。診断の流れは以下の通りです。
問診
授乳状況や発症時期、症状の進行などを確認します。
視診と触診
乳房の発赤、腫脹、硬結の有無、痛みの部位を特定します。
乳房超音波検査
膿瘍形成の有無を確認するために実施される場合があります。
乳汁の培養検査
感染性乳腺炎や膿瘍の疑いがある場合、原因菌の同定を目的として行います。
感染症状がない場合は、一般的にうっ滞性乳腺炎と診断されます。
うっ滞性乳腺炎の治療
うっ滞性乳腺炎は適切な対応を行うことで比較的速やかに回復します。主な治療方法は以下の通りです。
- 授乳や搾乳の継続:乳汁の排出を促進するため、授乳を続けることが基本です。搾乳器や手動での搾乳が推奨される場合もあります。
- 乳房のマッサージ:乳管の閉塞部位を軽く圧迫するようにして、乳汁の流れを改善します。
- 冷罨法:炎症を抑えるために乳房に冷たいタオルを当てることが効果的です。
- 疼痛管理:痛みが強い場合、鎮痛薬の使用が検討されます。
- 漢方薬:軽度の場合、葛根湯などの使用が有効とされます。
感染性乳腺炎に進展した場合は、抗菌薬の投与が必要になる場合があります。
うっ滞性乳腺炎になりやすい人・予防の方法
うっ滞性乳腺炎になりやすい人
うっ滞性乳腺炎になりやすい人には以下の特徴があります。
- 初産婦で授乳経験が少ない場合
- 乳頭や乳管に裂傷や損傷がある場合
- 授乳間隔が長く、乳汁が過剰に溜まる傾向がある場合
- ストレスや疲労が多く、射乳反射が低下している場合
予防の方法
予防の方法としては、以下の点に注意することが重要です。
- 授乳指導を受ける:産後早期に適切な授乳方法を習得することが大切です。
- 乳房ケアを行う:乳頭や乳房を清潔に保つとともに、乳管の閉塞を防ぐために定期的に乳房マッサージを行います。
- 母体の健康管理:十分な睡眠とバランスの取れた栄養摂取を心がけ、疲労やストレスを軽減します。
- 適切な衣類の着用:乳房への圧迫を避けるために、適切なサイズの下着を選びます。
関連する病気
- 乳腺膿瘍
- 細菌感染症
- 乳腺炎
- 硬化性乳腺炎
参考文献
- 日本助産師会授乳支援委員会: 乳腺炎ケアガイドライン 2020, 日本助産師会出版, 2020.
- Maier JT, Daut J, Schalinski E, et al: Severe lactational mastitis with complicated wound infection caused by Streptococcus pyogenes. J Hum Lact. 2021; 37:200–206.
- World Health Organization: Mastitis: Cause and Management. WHO; 2000.
- Malik S, Patil VA, Korday CS, et al: Mastitis: A rare occurrence. J Hum Lact. 2015; 31:367–370.
- 竹田善治: 乳腺炎の病態生理. ペリネイタルケア 39:236–240, 2020.