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常位胎盤早期剥離
佐伯 信一朗

監修医師
佐伯 信一朗(医師)

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兵庫医科大学卒業。兵庫医科大学病院産婦人科、兵庫医科大学ささやま医療センター、千船病院などで研鑽を積む。兵庫医科大学病院産婦人科 外来医長などを経て2024年3月より英ウィメンズクリニックに勤務。医学博士。日本産科婦人科学会専門医、日本医師会健康スポーツ医、母体保護法指定医。

常位胎盤早期剥離の概要

常位胎盤早期剥離は、胎児娩出前に正常に付着していた胎盤が子宮壁から部分的あるいは完全に剥離する合併症です。この状態は妊娠中期から後期、または分娩中に発生する可能性があり、母体と胎児の両方に深刻な影響を与える可能性がある産科救急です。
発生頻度は全妊娠の約0.4-1%とされており、妊娠週数が進むにつれて発生リスクが高まります。特に妊娠36週以降に多く見られます。
常位胎盤早期剥離は、その剥離の程度によって軽度から重度まで分類されます。軽度の場合は軽微な出血のみで経過観察となることもありますが、重度の場合は大量出血や胎児機能不全を引き起こし、緊急帝王切開が必要となる場合があります。
この合併症は母体死亡の主要な原因の一つであり、また周産期死亡や長期的な新生児の神経学的障害のリスクを高めます。そのため、早期発見と適切な管理が非常に重要となります。

常位胎盤早期剥離の原因

常位胎盤早期剥離の原因については、複数の要因が関与していることが強いエビデンスによって示されています。これらの要因は、単独あるいは複合的に作用し、胎盤と子宮壁の間の結合を弱めたり、局所的な血管障害を引き起こしたりすることで、常位胎盤早期剥離を引き起こすと考えられています。
最も強力なエビデンスがあるリスク因子の一つは、高血圧性疾患です。妊娠高血圧症候群や慢性高血圧は、常位胎盤早期剥離のリスクを著しく高めることが多くの大規模研究で示されています。これらの疾患は血管内皮の障害を引き起こし、胎盤の血管に悪影響を及ぼすことで剥離のリスクを増加させます。
喫煙もまた、常位胎盤早期剥離の重要なリスク因子として確立されています。多数の研究が、喫煙が用量依存的に剥離のリスクを増加させることを示しています。喫煙は胎盤の血管構造に悪影響を与え、血流を減少させることで剥離のリスクを高めると考えられています。
前回の妊娠で常位胎盤早期剥離を経験したことも、次の妊娠での再発リスクを著しく高めることが、複数のコホート研究で一貫して示されています。このリスクは、前回の剥離の重症度に応じて増加する傾向があります。
外傷、特に腹部への直接的な強い衝撃(例:交通事故、転倒)も、常位胎盤早期剥離の原因となり得ることが臨床的に確認されています。ただし、軽微な外傷で剥離が起こることは比較的稀です。
多胎妊娠、特に双胎妊娠も、常位胎盤早期剥離のリスクを増加させることが複数の研究で示されています。これは子宮の過伸展や、多胎妊娠に伴う他の合併症(例:妊娠高血圧症候群)のリスク増加と関連していると考えられています。
薬物乱用、特にコカイン使用も、常位胎盤早期剥離のリスクを著しく高めることが報告されています。コカインは血管収縮を引き起こし、胎盤の血流を急激に変化させることで剥離のリスクを高めます。
これらの要因は、大規模な疫学研究、メタアナリシス、システマティックレビューなどで一貫して報告されており、強いエビデンスを持つと考えられています。しかし、これらのリスク因子がすべての症例を説明するわけではなく、既知のリスク因子がない場合でも剥離が起こることがあります。
常位胎盤早期剥離の予防と早期発見には、これらの確立されたリスク因子を考慮した包括的なアプローチが重要です。ただし、完全な予測や予防は困難であり、すべての妊婦に対して注意深い観察と適切な産前ケアが必要とされています。

常位胎盤早期剥離の前兆や初期症状について

常位胎盤早期剥離の症状は、剥離の程度や位置によって様々ですが、典型的な症状や前兆には以下のようなものがあります。

  • 腹痛:突然の激しい腹痛が最も一般的な症状です。痛みは持続的で、場所が特定できないことが多いです。
  • 性器出血:鮮血や暗赤色の出血が見られることがあります。ただし、胎盤後血腫が形成されている場合は外出血が少ないこともあります。
  • 子宮の緊張や硬直:子宮が板状に硬くなることがあります。
  • 胎動の減少:胎児が低酸素状態になると、胎動が減少または消失することがあります。
  • 腰痛:背中の下部や腰に痛みを感じることがあります。
  • 頻回な子宮収縮:規則的ではない頻回な子宮収縮が見られることがあります。
  • 全身症状:重度の場合、ショック症状(冷や汗、めまい、意識障害など)が現れることがあります。

これらの症状が単独で、あるいは組み合わさって現れることがありますが、症状が明確でない場合もあります。特に、剥離が軽度の場合や胎盤後血腫が形成されている場合は、症状が曖昧になることがあります。
また、これらの症状は他の妊娠合併症(例:切迫早産、前置胎盤など)でも見られることがあるため、症状がある場合は速やかに医療機関を受診し、適切な診断を受けることが重要です。
妊婦さんやそのご家族は、これらの症状、特に突然の腹痛や出血に注意を払い、異常を感じた場合は迷わず医療機関に連絡または受診することが推奨されます。

常位胎盤早期剥離の検査・診断

常位胎盤早期剥離の診断は、主に臨床症状と身体所見に基づいて行われますが、以下のような検査も補助的に用いられます。

問診と身体診察

症状の詳細(発症時期、痛みの性質、出血の量など)を聴取し、腹部の触診や性器出血の確認を行います。

超音波検査

経腹超音波検査で胎盤の状態を観察します。胎盤後血腫や胎盤の肥厚、胎盤辺縁の不整などが見られることがあります。ただし、超音波での検出率は必ずしも高くないため、陰性所見でも剥離を否定できません。

胎児心拍数モニタリング

連続的な胎児心拍数モニタリングを行い、胎児機能不全の有無を評価します。

血液検査

完血球計算(CBC)、凝固機能検査(PT、APTT、フィブリノゲンなど)、肝機能検査、腎機能検査などを行います。DICの早期発見のため、フィブリノゲン値の測定が特に重要です。

尿検査

タンパク尿の有無を確認し、妊娠高血圧症候群の合併を評価します。

MRI

超音波検査で診断が困難な場合や、胎盤の詳細な評価が必要な場合にMRIが用いられることがあります。

腟鏡診

子宮頸管からの出血の有無や性状を確認します。ただし、内診は剥離を悪化させる可能性があるため、慎重に行う必要があります。

診断は、これらの検査結果と臨床症状を総合的に評価して行われます。
常位胎盤早期剥離は時に急速に進行する可能性があるため、疑わしい症例では速やかに入院管理とし、継続的な観察を行うことが重要です。
また、常位胎盤早期剥離の重症度を評価し、適切な管理方針を決定します。
常位胎盤早期剥離の診断は時に難しく、他の妊娠合併症(前置胎盤、切迫早産など)との鑑別が重要です。疑わしい症例では、母体と胎児の安全を最優先に、より慎重な管理が求められます。

常位胎盤早期剥離の治療

常位胎盤早期剥離の治療は、母体と胎児の状態、妊娠週数、剥離の程度によって決定されます。基本的な治療方針は以下の通りです。

入院管理

常位胎盤早期剥離が疑われる場合、直ちに入院し、厳重な観察を行います。

母体のバイタルサイン管理

血圧、脈拍、呼吸数、意識レベルなどを継続的にモニタリングします。

胎児心拍数モニタリング

連続的な胎児心拍数モニタリングを行い、胎児機能不全の早期発見に努めます。

輸液・輸血

出血量に応じて適切な輸液・輸血を行います。DICの予防・治療のため、必要に応じて新鮮凍結血漿やクリオプレシピテートなどの血液製剤を使用します。

分娩方針の決定

  • 緊急帝王切開:重度の剥離、胎児機能不全、大量出血などの場合は、直ちに緊急帝王切開を行います。
  • 経腟分娩:軽度の剥離で母児ともに安定している場合、経腟分娩を試みることもあります。

ステロイド投与

妊娠34週未満で分娩の可能性がある場合、胎児肺成熟促進のためステロイド(ベタメタゾンなど)を投与します。

産褥管理

分娩後も出血や凝固障害のリスクが続くため、慎重な観察と管理が必要です。

心理的サポート

患者とその家族に対して、適切な情報提供と心理的サポートを行います。

治療の最終目標は、母体の安全を確保しつつ、可能な限り良好な周産期予後を得ることです。常位胎盤早期剥離は急速に悪化する可能性があるため、迅速な判断と対応が求められます。また、DICや腎不全などの合併症にも注意が必要です。
重症例や早産例では、高次医療機関での管理が推奨されます。NICUなどの新生児集中治療が可能な施設での分娩が望ましいですが、母体の状態が不安定な場合は、最寄りの医療機関での緊急処置が優先されます。

常位胎盤早期剥離になりやすい人・予防の方法

常位胎盤早期剥離は完全に予防することは難しいですが、リスク因子を理解し、可能な限り予防策を講じることが重要です。

常位胎盤早期剥離になりやすい人

常位胎盤早期剥離になりやすい人(ハイリスク群)には以下のような特徴があります。

  • 高血圧性疾患(妊娠高血圧症候群、慢性高血圧)を有する人
  • 喫煙者
  • 薬物使用者(特にコカイン)
  • 過去の妊娠で常位胎盤早期剥離の既往がある人
  • 多胎妊娠の人
  • 35歳以上の高齢妊婦
  • 子宮筋腫や子宮奇形を有する人
  • 羊水過多・羊水過少の人
  • 栄養状態が不良な人
  • 外傷(特に腹部)の既往がある人

これらのリスク因子を持つ妊婦さんは、より慎重な妊婦健診と管理が必要となります。

予防の方法

予防方法としては、以下のような対策が推奨されます。

  • 適切な産前ケア: 定期的な妊婦健診を受け、血圧管理や尿検査などを通じて、妊娠高血圧症候群などの早期発見・早期治療に努めます。
  • 禁煙: 妊娠中の喫煙は常位胎盤早期剥離のリスクを高めるため、妊娠前または妊娠初期からの禁煙が重要です。
  • 薬物使用の回避:コカインなどの薬物使用は厳に慎むべきです。
  • 適切な栄養摂取:バランスの取れた食事を心がけ、特に葉酸の摂取に注意を払います。妊娠前から妊娠初期にかけての葉酸摂取は、神経管閉鎖障害の予防だけでなく、胎盤機能の維持にも重要である可能性が示唆されています。
  • 適度な運動:過度の運動は避けつつ、適度な運動を行うことで血流を改善し、全身の健康状態を維持します。
  • ストレス管理:過度のストレスは高血圧などのリスクを高める可能性があるため、適切なストレス管理を心がけます。
  • 外傷の予防:転倒や腹部への衝撃を避けるよう注意します。シートベルトの正しい着用など、日常生活での安全対策も重要です。
  • 慢性疾患の管理:高血圧や糖尿病などの慢性疾患がある場合、妊娠前から適切に管理し、妊娠中もコントロールを継続します。
  • 適切な間隔での妊娠:前回の妊娠から適切な間隔を置くことで、母体の回復を図り、次の妊娠のリスクを低減できる可能性があります。
  • 早期の症状認識と対応:腹痛や出血などの症状が現れた場合、迅速に医療機関を受診することが重要です。

これらの予防策は、常位胎盤早期剥離のリスクを完全に排除するものではありませんが、発症リスクを低減し、早期発見・早期対応につながる可能性があります。特にハイリスク群の妊婦さんに対しては、より頻回な妊婦健診や超音波検査、場合によっては入院管理などのより慎重な対応が必要となることがあります。
また、常位胎盤早期剥離の既往がある妊婦さんでは、次回妊娠時のリスクが高くなるため、特に注意深い管理が必要です。このような場合、妊娠前からの計画的な管理や、場合によっては遺伝カウンセリングなども検討されることがあります。
最後に、常位胎盤早期剥離は予測が難しい疾患であり、すべての症例を予防することは不可能です。そのため、妊婦さんやそのご家族、そして医療提供者が常に注意を払い、異常の早期発見と適切な対応に努めることが重要です。また、緊急時に備えて、あらかじめ搬送先の高次医療機関との連携体制を整えておくことも重要な予防策の一つと言えるでしょう。


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