監修医師:
佐伯 信一朗(医師)
骨盤臓器脱の概要
骨盤臓器脱(POP: Pelvic Organ Prolapse)は、骨盤底の支持組織が弱くなることで、膀胱、子宮、直腸などの骨盤内臓器が本来あるべき位置から下降し、腟壁を押し出す状態を指します。この状態は多くの女性に影響を与え、生活の質を著しく低下させる可能性があります。国際的な研究によると、骨盤臓器脱の有病率は40歳以上の女性の約40%に上ると報告されています。
骨盤臓器脱の原因
骨盤臓器脱の発症には複数の要因が関与しています。最も重要な要因の一つは出産です。特に経腟分娩は骨盤底の筋肉や靭帯を損傷させ、将来的な骨盤臓器脱のリスクを高めます。複数回の出産経験がある女性はさらにリスクが高まります。また、加齢も重要な要因です。エストロゲンの減少に伴い、骨盤底の組織が弱くなることで、骨盤臓器脱のリスクが増加します。肥満もまた骨盤底への慢性的な圧力を増加させ、骨盤臓器脱の発症リスクを高めます。さらに、慢性的な咳や便秘、重量物の持ち上げなど、腹圧を上昇させる行為も骨盤臓器脱の発症に寄与する可能性があります。遺伝的要因も無視できません。家族歴のある女性は骨盤臓器脱のリスクが高いことが報告されています。
骨盤臓器脱の前兆や初期症状について
骨盤臓器脱の初期症状は軽微で、気づかれないことも多いです。しかし、症状が進行するにつれて以下のような症状が現れることがあります。
- 腟内や外陰部に何かが押し出されているような感覚
- 骨盤内の重圧感や不快感
- 腰痛や下腹部痛
- 排尿困難や尿失禁
- 排便困難や便失禁
- 性交時の不快感や痛み
これらの症状は日常生活に支障をきたし、生活の質を著しく低下させる可能性があります。
骨盤臓器脱の検査・診断
骨盤臓器脱の診断は主に身体診察と症状の評価に基づいて行われます。医師は以下のような検査を行うことがあります。
骨盤内診
患者が立位や仰臥位の状態で、医師が腟内を直接観察し、臓器の下垂の程度を評価します。
POP-Q システム
国際的に標準化された骨盤臓器脱の定量的評価システムで、脱出の程度を客観的に評価します。
画像検査
必要に応じて、MRIや超音波検査を行い、骨盤底の構造や臓器の位置関係を詳細に評価します。
尿流動態検査
尿失禁や排尿障害の評価のために行われることがあります。
これらの検査結果と症状の重症度に基づいて、適切な治療方針が決定されます。
骨盤臓器脱の治療
骨盤臓器脱の治療は、症状の程度や患者の希望に応じて選択されます。主な治療オプションは以下の通りです。
保存的治療
骨盤底筋体操:骨盤底筋を強化し、症状の改善や進行の予防に効果があります。
生活習慣の改善:肥満の解消、便秘の改善、重量物の持ち上げを避けるなどの指導が行われます。
ペッサリー:腟内に挿入する器具で、臓器を支持し症状を軽減します。
手術療法
経腟手術:腟壁を通じて行う手術で、メッシュを用いる方法と用いない方法があります。
腹腔鏡手術:最小侵襲で行う手術で、回復が早いという利点があります。
開腹手術:複雑な症例や再発例に対して行われることがあります。
手術療法の選択は、患者の年齢、全身状態、症状の程度、将来の妊娠希望などを考慮して慎重に決定されます。
骨盤臓器脱になりやすい人・予防の方法
骨盤臓器脱になりやすい人
骨盤臓器脱になりやすい人には、出産経験のある女性、特に経腟分娩を複数回経験した女性が含まれます。また、閉経後の女性、肥満の女性、慢性的な咳や便秘がある女性、重労働に従事する女性も高リスク群に含まれます。家族歴のある女性も注意が必要です。
予防の方法
予防方法としては、まず骨盤底筋体操が重要です。これは骨盤底の筋肉を強化し、臓器を適切に支持する力を高めます。
定期的な運動と適切な体重管理も効果的です。過度の腹圧上昇を避けるため、便秘の予防や重量物の持ち上げを控えることも重要です。
妊娠中や出産後のケアも骨盤臓器脱の予防に重要な役割を果たします。適切な産後ケアや骨盤底リハビリテーションを受けることで、将来的な骨盤臓器脱のリスクを低減できる可能性があります。
さらに、喫煙は骨盤底の血流を悪化させる可能性があるため、禁煙も予防策の一つとして推奨されます。
閉経後のホルモン補充療法も、骨盤底組織の健康維持に寄与する可能性があります。
関連する病気
- 尿失禁
- 直腸脱
- 子宮脱
- 膀胱瘤
- 腸脱
参考文献
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