監修医師:
栗原 大智(医師)
中心性漿液性網脈絡膜症の概要
中心性漿液性網脈絡膜症(ちゅうしんせいしょうえきせいもうみゃくらくまくしょう)は、網膜の中心部である黄斑に水分がたまり、視力に影響を及ぼす病気です。
この病気は特に30代から50代の働き盛りの男性に多く見られ、ストレスや疲労が引き金になることがあります。
この病気を知るためには、目の構造についての前提知識が必要です。
まず黄斑部について説明します。光で世界を認識するセンサーである眼をカメラに例えると、水晶体はレンズに相当し、そこを通過した光を受ける網膜は感光フィルムやCCDセンサーに似ています。網膜は球体の眼球の内側に広がる透明の薄い膜で、光をキャッチする2種類の視細胞(暗いところで光を認識する桿体細胞と、明るいところで色や形を認識する錐体細胞)もこの膜内にあります。しかし、この2種類の視細胞が網膜全体に均等に分布しているわけではなく、錐体細胞は直径2mm弱の狭い部分に特に密集しています。それが黄斑部です。黄斑部の中央を中心窩といいます。
外から来た光は網膜内で、神経細胞がある層を先に通過してから視細胞に到達します。しかし黄斑部の網膜は、視細胞がほとんどむき出しになっていて、より光を鋭敏に捉えるようになっています。また中心窩部分の網膜にある視細胞は錐体細胞だけです。
私たちがなにかに注意を向けて見ているときは黄斑部に映った像を、そして特に細部まで意識して見ようとしているときは中心窩に映った像を使います。そのため、中心窩で見る視力を「中心視力」、他の部分で見る視力を「周辺視力」と呼びます。通常の視力検査で計測するのは、この中心視力です。
中心性漿液性網脈絡膜症は、網膜の黄斑部において、網膜最下層にある脈絡膜から液体が漏れ出し、網膜下に水がたまることで発生します。いわば、黄斑部に起こる網膜剥離の一種といえます。これにより視力が低下し、視野の中心部分が暗く見えたり、物が歪んで見えます。多くの場合は片方の目だけに発症しますが、両目に症状が出ることもあります。通常、視力低下は軽度ですが、症状が進行すると視力に大きな影響を与えることがあります。
中心性漿液性網脈絡膜症の原因
この病気の明確な原因はまだ解明されていませんが、以下の要因が関与していると考えられています。
ストレス
精神的なストレスや過労が引き金になることがあります。特に向上心や競争心が目立つタイプAと呼ばれる性格特性があると発症しやすいようです。
ホルモン変化
妊娠中や副腎皮質ステロイド薬の使用によって発症することがあります。
そのため、副腎皮質ステロイドの使用(経口、局所、吸入、または注射)もリスクとなります。
血流障害
脈絡膜の血流が悪化することで、色素上皮という細胞のバリア機能が低下し、水分が漏れ出すとされています。
そのため、血圧が高い人や、ホスホジエステラーゼ 5 阻害薬(バイアグラ、シアリス、レビトラなどの ED 薬)の服用はリスクになるとされています。
睡眠障害
睡眠不足や閉塞性睡眠時無呼吸は発症リスクになります。
中心性漿液性網脈絡膜症の前兆や初期症状
中心性漿液性網脈絡膜症の初期には以下のような症状が現れることがあります。
視力低下
通常は軽度ですが、視力が徐々に悪化することがあります。
中心暗点
視野の中心部分が暗く見えることがあります。
歪視・変視
物体が歪んで見えることや、小さく見えることがあります。
色覚異常
中心部の色合いが違って見えることもあります。
これらの症状は個人差がありますが、特に視野の中心に異常を感じた場合は注意が必要です。
こうした症状が現れたら、眼科を受診しましょう。
中心性漿液性網脈絡膜症の検査・診断
診断には以下のような検査が行われます。
眼底検査
点眼薬を使って瞳孔を拡げた状態で、眼科医がレンズを使って目の奥を直接のぞいて網膜の状態を観察します。暗い部屋で光を目に当てて、視線の向きを指示されます。検査は数分で終了しますが、これにより中心性漿液性網脈絡膜症が疑われた場合、続けて以下の検査を行います。
OCT検査
OCT(Optical Coherence Tomography)は光干渉断層計といい、近赤外線を照射して得られたエコー情報から断層像を表示するものです。点眼薬を使って瞳孔を拡げる必要がありますが、非接触・非侵襲的で検査が行え、数分の撮影で光学顕微鏡に近い精度の像が得られる画期的な検査です。OCTで網膜の断面画像を撮影すると、浮腫や剥離の状態がはっきり確認できます。
蛍光眼底造影検査
腕の血管からフルオレセインという蛍光色素を注入し、点眼薬を使って瞳孔を拡げた状態で眼底を特殊なカメラで撮影します。検査時間は1〜2時間かかりますが、血管からのしみ出しや漏れを起こしている部分を確認できる重要な検査です。
これらの検査によって、他の病気との区別を行い、正確な診断を下します。
中心性漿液性網脈絡膜症の治療
中心性漿液性網脈絡膜症は多くの場合で自然に回復します。それも含めて、治療法としては以下があります。
経過観察
症状が軽度の場合は経過観察を行います。通常は1〜2ヶ月で回復します。ただし、再発する可能性があるため、眼科医の指示があれば忘れずに再診しましょう。
レーザー治療
漿液が黄斑から離れている場合にはレーザー治療を行うことがあります。これにより水分を吸収させる効果があります。しみ出し部分が中心窩にきわめて近い場合、レーザー治療ではなく、内服薬による治療が一般に行われます。
内服薬
末梢循環改善薬やビタミン剤などが処方されることがあります。また高血圧があれば血圧降下薬が処方されるかもしれません。逆にPDE5阻害薬は、服用を避けるよう指導される可能性があります。
治療法は患者さんの状態に応じて選択されます。慢性化したり再発する場合もあり、また適切な治療を受けなければ加齢黄斑変性という状態に進行する可能性もあるため、発症後は定期的な検査とフォローアップが重要です。
中心性漿液性網脈絡膜症になりやすい人・予防の方法
中心性漿液性網脈絡膜症になりやすい人
この病気は特に以下のような人々になりやすいとされています。
男性
特に30代から50代の働き盛りの男性に多くみられます。
ストレスを抱えている人
精神的な負担や疲労を感じている人。
妊娠中
特定の薬剤使用
副腎皮質ステロイド、PDE5阻害薬を服用している人。
予防の方法
中心性漿液性網脈絡膜症を予防するためには以下の方法が有効です。
ストレス管理
リラクゼーション法や趣味を持つことでストレスを軽減すること。
十分な休養
睡眠不足や過労を避けるために、適切な休息時間を確保すること。
健康的な生活習慣
バランスの取れた食事や適度な運動も重要です。
血圧管理
高血圧がある方は、血圧を良好な数値に維持することが大切です。
この病気は多くの場合自然に回復しますが、生活習慣や精神的健康にも注意を払うことで予防につながります。定期的な眼科検診も推奨されます。
関連する病気
- ステロイド性網膜症
- 高血圧性網膜症
- Cushing症候群
参考文献