監修医師:
大坂 貴史(医師)
目次 -INDEX-
先天性甲状腺機能低下症の概要
先天性甲状腺機能低下症は生まれつき甲状腺の働きが弱く甲状腺ホルモンが不足する疾患です。クレチン症と呼ばれることもあります。甲状腺は体の成長や脳の発達に重要なホルモンを作る器官であり、このホルモンが不足すると身長の成長が遅れたり、知的発達に影響を与えたりする可能性があることが問題となります。この病気は新生児期に特有の症状が乏しく、一見健康そうに見えるため、見逃されることがあります。しかし、日本では新生児マススクリーニング検査が行われており、症状が明らかになる前に発見されることが殆どとなっています。診断後は甲状腺ホルモンを薬で補充する治療を行うことで、通常は健康な成長と発達が期待できます。適切な治療を受けることで、ほとんどの子どもが他の子どもと同じように成長します。 (参考文献1)
先天性甲状腺機能低下症の原因
先天性甲状腺機能低下症の原因は様々です。甲状腺の発生異常や甲状腺ホルモンの合成異常、甲状腺に対して指令を出す脳に障害によるもの、ヨード不足によるものなどがあります。
先天性甲状腺機能低下症の最も一般的な原因は甲状腺の形成異常です。甲状腺の形成異常には大きく分けて甲状腺形成不全と異所性甲状腺があります。甲状腺形成不全では甲状腺が全く形成されない (無甲状腺症) か、十分に発達しません。異所性甲状腺では甲状腺自体はある程度形成されますが、正しい場所に形成されません。喉仏のあたりに本来形成されるはずの甲状腺が喉の奥や舌の下などに形成されてしまいます。こうした異常の殆どは遺伝的要因により発生するわけではなく、家族性や遺伝性はありません。
一方、甲状腺ホルモンの合成異常は遺伝性疾患であることが多いです。甲状腺が正常な位置にあっても、ホルモンの合成に必要な酵素が不足している場合や、甲状腺ホルモンの受容体やホルモンの輸送に関わる仕組みに異常がある場合もあります。
そして、甲状腺に対して指令を出す脳に障害があるものは中枢性甲状腺機能低下症と呼ばれます。視神経低形成や唇顎口蓋裂のような他の先天性疾患と合併していることもあり、合併していない場合でも遺伝的な要因によるものが殆どです。
また、先天性甲状腺機能低下症の中には、甲状腺機能低下が一過性で後に回復する可能性があるものもあります。例えば母親の食事からのヨード摂取量が少ない国ではヨード欠乏が起こることがあります。日本のヨード摂取量は一般的に十分であるとされていますが、ヨード摂取量が少ない国としてはノルウェーやフィンランドなどヨーロッパの一部地域やロシア、またカンボジアやベトナムが知られています。また、母親が自己免疫疾患を持っている場合は母親の自己抗体が胎児に移行して甲状腺機能低下を起こすことがあります。加えて、母親が妊娠期に栄養補助食品などから過剰にヨードを摂取したり胎児や新生児の時に造影検査などで大量のヨウ素に曝露されたりすると甲状腺機能低下症を引き起こすことがあります。こうした原因による先天性甲状腺機能低下症は生後数か月から数年の間に治ると言われています。 (参考文献2,3)
先天性甲状腺機能低下症の前兆や初期症状について
甲状腺ホルモンの一部は胎盤を通過するため、先天性甲状腺機能低下症の赤ちゃんでも出生直後には明らかな症状が見られないことが殆どです。 (参考文献2) 生後数週間から数か月のうちに以下のような症状が見られることがあります。
- 元気がない:動きが少なく、泣き声が弱かったりかすれていたりする。
- 哺乳不良:おっぱいやミルクを飲むのが遅い、または飲む量が少ない。
- 体重増加がよくない
- 黄疸が長引く:通常は数日で消える黄疸が、長期間続く。
- 便秘:お腹が張り、排便回数が少ない。
- 手足が冷たい
そして治療が遅れると、身長の伸びが悪いなど成長の遅れが見られたり、精神発達の遅れが現れたりすることがあります。 (参考文献1)
先天性甲状腺機能低下症の検査・診断
先天性甲状腺機能低下症は、早期に発見して治療を始めることで健康な成長と発達をサポートできる病気です。そのため、検査と診断が非常に重要です。
日本では、全ての赤ちゃんに対して出生後 4〜6日以内に新生児マススクリーニング検査が行われます。この検査では、赤ちゃんの足のかかとから少量の血液をろ紙に吸わせたものを用いて検査を行います。この検査では甲状腺刺激ホルモン (TSH) の値を調べ、TSHが高い場合は精密検査を受けるために地域ごとに定められた病院を受診することが勧められます。 (参考文献4)
スクリーニング検査で異常が見つかった場合、確定診断のために血液検査でTSHとT4の値を詳細に測定します。血中の T4濃度 が低く、一方で TSH濃度 が高い場合は原発性甲状腺機能低下症と診断されます。血中のT4濃度が低く、 TSH濃度も低いか正常の場合は中枢性甲状腺機能低下症が疑われます。基準値をわずかに外れる程度の場合は1週間後に再度検査を行う場合もあります。 (参考文献2,5)
先天性甲状腺機能低下症と診断され治療開始となった後には、3歳以降の適切な時期に先天性甲状腺機能低下症の原因を特定するための検査を行うこともあります。 (参考文献1)
先天性甲状腺機能低下症の治療
検査結果を総合的に判断して甲状腺ホルモンの不足が疑われる場合は治療を開始します。特に出生後数か月以内は甲状腺ホルモンは知的発達に重要な働きをもつと言われていますので、疑われる場合は治療することが適切であると考えられています。この時期に適切なホルモンを補充することで、脳の発達に悪影響が及ぶリスクを最小限に抑えることができます。
主な治療法は、甲状腺ホルモン薬 (レボチロキシン) を 1日1回 服用することです。その後、血液検査をしながら投与量を調整していきます。
甲状腺の状態によっては、一生涯薬を飲み続ける必要がありますが、一過性先天性甲状腺機能低下症など、一部の子どもでは成長とともに自然に改善するケースもあります。その場合、医師の指示のもとで薬を減量または中止することが検討されます。 (参考文献1)
先天性甲状腺機能低下症になりやすい人・予防の方法
先天性甲状腺機能低下症は、 約3,000〜5,000人に1人の割合で発生する病気です。発症率は地域や人種によって異なり、女の子に多く見られ、男の子の約2倍の頻度で発生します。
この病気は、早期に治療を始めることで健康な成長と発達を促せるため、早期発見が極めて重要です。新生児期には目立った症状がほとんどないため、見逃されることもありますが、日本では新生児マススクリーニングの導入により、ほとんどの赤ちゃんが症状が現れる前に診断され、迅速に治療を始めることが可能になりました。これにより、以前は問題となっていた成長や知的発達の遅れが大幅に減少しています。
遺伝的要因による先天性甲状腺機能低下症を予防することはできませんが、妊娠時に適切なヨードを摂取することは一部の先天性甲状腺機能低下症を予防するのに重要です。 (参考文献1, 2)
参考文献
- 参考文献1:日本小児内分泌学会「先天性甲状腺機能低下症」 (一般社団法人日本小児内分泌学会、最終閲覧日2024年11月29日)
- 参考文献2:UpToDate. “Clinical features and detection of congenital hypothyroidism”. (Last updated: 2023年3月17日)
- 参考文献3:Iodine global network. “Global scorecard of iodine nutrition 2023.” (最終閲覧日2024年11月29日)
- 参考文献4:日本小児内分泌学会マススクリーニング委員会「先天性甲状腺機能低下症マススクリーニングガイドライン(2021 年改訂版) 推奨版、Q&A」 (日本小児内分泌学会マススクリーニング委員会、日本マススクリーニング学会. 2021年)
- 参考文献5:日本甲状腺学会「甲状腺疾患診断ガイドライン」(日本甲状腺学会、最終更新日2022年6月2日、最終閲覧日2024年11月22日)