監修医師:
井林雄太(田川市立病院)
目次 -INDEX-
肝嚢胞の概要
肝嚢胞(かんのうほう)は、肝臓に形成される、液体で満たされた袋状の構造物です。
肝嚢胞の多くは、非腫瘍性の単純性嚢胞と呼ばれるものです。
単純性嚢胞は、通常は無症状です。
無症状の場合には、嚢胞の大きさは数mmから数cm程度であり、通常は大きさはほとんど変わらないか、大きくなる場合であっても緩徐に大きくなるため、問題を生じるような大きさになることは稀だと言われています。
稀に5〜10cmを超えるような大型の嚢胞になった場合に、肝臓や肝臓周囲の臓器が圧迫されることで、腹部が張って苦しくなったり、お腹の痛みが発生する場合があります。
しかし、肝臓自体への影響は少ないため、血液検査で肝機能の異常が見られることは多くないと言われています。
単純性肝嚢胞の他に、遺伝によって起こると言われている多嚢胞性肝疾患やエキノコックスなどの寄生虫によるもの、腫瘍性嚢胞も存在します。
多発性嚢胞は、肝臓に肝嚢胞がたくさん発生する病気です。
多発性肝嚢胞は、単純性肝嚢胞とは異なり、嚢胞の数が増えたり、嚢胞自体が大きくなったりすることが多い傾向です。
そのため、周囲の臓器への圧迫症状が見られやすいです。
また、感染や出血が見られることがあります。
嚢胞内の感染や出血が原因となって、発熱や肝臓の機能に異常を起こす可能性があります。
肝嚢胞の原因
肝嚢胞が発生する原因は、感染性と非感染性に分類することができます。
主な原因を以下に記載します。
感染性
- 肝嚢胞はエキノコックスやアメーバなどの寄生虫感染、真菌の感染によって形成されることがあります。
特に、エキノコックス症は、肝臓内に大きな嚢胞を形成することがあります。
この感染症は、エキノコックス属の寄生虫によって引き起こされ、主にキタキツネやイヌなどと接触することで感染します。
エキノコックス症による嚢胞は感染性が高く、治療が必要です。 - エキノコックスとは、寄生虫の1つです。
キタキツネやイヌなどから排泄された糞などに含まれる虫卵に汚染された水や食物、埃などを経口的に摂取したときに感染します。
潜伏期間がとても長いため、体内に発生した嚢胞は緩慢に増大し、周囲の臓器を圧迫します。
多包虫病巣の拡大は極めてゆっくりで、肝臓の腫大、腹痛、黄疸、貧血、発熱や腹水貯留などの初期症状が現れるまで、成人では通常10年以上を要します。
放置すると約半年で腹水が貯留し、やがて死に至ると言われています。
発症前や早期の無症状期でも、スクリーニング検査の超音波、CT、MRIの所見から検知される場合があります。
確定診断は、肝臓から摘出した組織や肝臓の生検組織から、包虫あるいは包虫の一部が検出された場合に診断されます。
治療は外科的に切除することが唯一の根治的治療法となります。
非感染性
- 先天性の肝嚢胞は、肝臓内の小さな胆管が正常に発達しなかったことが原因で形成されると言われています。
このタイプの嚢胞は出生時から存在し、成人期に発見されることが多い傾向です。
多くの場合、嚢胞は単独で存在し、無症状のまま一生を過ごすことができます。
原因ははっきりとしていませんが、女性に多いことからエストロゲンと関連しているとも言われています。 - 多嚢胞性肝疾患は、遺伝的要因によって引き起こされる疾患で、肝臓に多数の嚢胞が形成されます。
この疾患は常染色体優性多嚢胞腎疾患と関連しており、腎臓にも嚢胞が形成されることが多いようです。
多嚢胞性肝疾患は遺伝性疾患と言われており、家族歴が重要な診断要素となります。 - 肝臓への物理的な外傷が原因で、後天的に肝嚢胞が形成されることがあります。
このタイプの嚢胞は、外傷後の血液や液体の蓄積によって形成されます。
通常は一過性であることが多いですが、治療が必要になる場合もあります。 - 肝臓の炎症や腫瘍が原因で、後天的に肝嚢胞が形成されることがあります。
こちらのタイプも外傷性の肝嚢胞同様に、炎症後の血液や液体の蓄積が原因だと言われており、治療が必要になる場合もあります。
肝嚢胞の前兆や初期症状について
多くの場合は単純性肝嚢胞であり、症状を引き起こさないため、前兆や初期症状が現れることは稀です。
また、肝嚢胞自体は、肝臓へ影響を及ぼすことは少ないため、血液検査で肝機能の異常が見られることは多くないと言われています。
しかし、嚢胞が大きくなったり、数が増えたりすると、以下のような症状が現れることがあります。
腹部の不快感や痛み
嚢胞が大きくなることで、周囲の組織や臓器を圧迫します。
そのため、右上腹部に不快感や鈍い痛みを引き起こすことがあります。
腹部膨満感
嚢胞が成長すると、腹部が膨満し、食欲不振や早期満腹感を引き起こすことがあります。
腫瘍感
大きな嚢胞が存在する場合、触診で腹部に腫瘍のような感触を感じることがあります。
黄疸
極めて稀ですが、嚢胞が胆管を圧迫すると、黄疸(皮膚や目の白い部分が黄色くなる症状)が発生することがあります。
呼吸困難
多発性肝嚢胞の場合は、肝臓周りの臓器を圧迫しやすいため、呼吸困難感が起こることがあると言われています。
下腿浮腫
多発性肝嚢胞の場合は、血管を圧迫し血流を阻害する可能性があります。
その場合は、下腿にむくみが出現する場合があると言われています。
肝嚢胞は基本的に無症状なので、症状を感じて検診にいくというものではありませんが、気になる場合は消化器内科を受診しましょう。
肝嚢胞の検査・診断
肝嚢胞は無症状のことが多いため、検診時などに超音波検査で見つかる場合がほとんどだと言われています。
肝嚢胞の診断には、以下の方法が一般的です。
超音波検査
非侵襲的であり、嚢胞の存在や大きさを評価するための初期スクリーニングとしてよく使用されます。
超音波検査は、安全であり、特に嚢胞の構造や内容物を評価するのに適しています。
CT検査
CTは、肝嚢胞の詳細な画像を提供し、嚢胞の正確な位置や大きさ、複数の嚢胞の有無を確認するために使用されます。
さらに、嚢胞の壁の厚さや内容物が血液や感染によって変化しているかどうかを評価するのにも役立ちます。
MRI
MRIは、嚢胞の構造や周囲の組織との関係をより詳しく評価するために使用されます。
特に、嚢胞の内容物が液体であるか、固形物が含まれているかを区別するのに役立ちます。
血液検査
一般的に肝嚢胞そのものを診断するための血液検査は行われませんが、感染や出血が疑われる場合には、感染マーカーや貧血の有無を確認するために血液検査が行われることがあります。
穿刺
穿刺針と呼ばれる針を経皮的に肝臓に刺して肝臓組織の一部を摘出します。
摘出した肝臓の生検組織を調べて診断されます。
肝嚢胞の治療
単純性肝嚢胞
無症状や治療を必要とする状態にないことが多いため、基本的に治療は行われないと言われています。
しかし、別の原因(感染や炎症など)で発症したものについては、それぞれの原因に対し治療を行います。
多発性肝嚢胞
無症状や治療を必要とする状態にない場合は、基本的に治療は行われないと言われています。
しかし、肝嚢胞が原因で、痛みの出現・悪化があった場合や肝機能への影響が見られた場合には治療(冠動脈塞栓術、肝切除術、肝移植術)が行われます。
対象となる症例が限られていますが肝嚢胞穿刺吸引・硬化療法があります。
この治療法は超音波ガイド下で、肝嚢胞を穿刺し、内容物の吸引を行います。
その後、エタノールやミノサイクリン(抗菌薬)などの薬物を注入することで、嚢胞内部の上皮細胞を壊死させる治療法です。
症状のある単純性肝嚢胞や多発性肝嚢胞のうち、10個程度、10cm以上の大型嚢胞で、肝臓内の分布が限局されている症例に適応されます。
いずれの場合も、無症状であれば、治療は行われずに経過観察となります。
経過観察とは、「何もしない」ではなく、定期的に肝嚢胞の状態を確認することです。
そのため、かかりつけ医などと相談し、適当なタイミングで検査を受けることが必要になります。
肝嚢胞になりやすい人・予防の方法
肝嚢胞になりやすい人
肝嚢胞は、以下のような人々に多く見られる傾向があります。
遺伝的要因
多嚢胞性肝疾患(PLD)の家族歴がある人は、肝嚢胞が多発するリスクが高まります。
常染色体優性多嚢胞腎疾患と関連するケースが多い傾向です。
肝疾患の既往歴
肝嚢胞は感染や炎症によって発生する場合があるため、慢性肝疾患を持つ人は、肝嚢胞が形成されやすくなることがあります。
寄生虫感染
エキノコックス症などの寄生虫感染を経験したことがある人は、感染性嚢胞が発生するリスクがあります。
肝嚢胞の予防の方法
予防方法としては、特定の肝嚢胞の発生を完全に予防することは難しいですが、以下のような対策が考えられます。
定期的な健康診断
特に高齢者や家族歴がある人は、定期的な健康診断を受けることで、肝嚢胞の早期発見につながります。
感染予防
寄生虫感染などを防ぐために、食材の十分な加熱や清潔な水の使用など、適切な衛生管理を行うことが重要です。
肝臓を保護する生活習慣
肝嚢胞は感染や炎症によって発生する場合があるため、過度な飲酒を避け、バランスの取れた食生活を心がけることは、肝臓全体の健康を維持するために重要です。
肝臓に負担をかけない生活習慣は、肝嚢胞の発生リスクを低減する可能性があります。
参考文献